第一話 『紺碧の底から来たりて』 その1

第一話    『紺碧の底から来たりて』




 成長期まっさかりのゼファーの翼が作ってくれる速さは、オレたちをすぐに『モロー』の上空へと運んでくれたよ。


「早朝だというのに、たくさんの者が港に出ておるな」


「きっと、襲撃された船が帰ることを知っているんすよ」


「備えてるんだね。サポートしなくちゃいけないこと、たくさんあるはずだから」


「ぜ、ゼファー。見えていると思うけど、も、もうちょっとだけ左の方だよ」


『うん。かぜのかんけいで、このとびかたをしたら、いちばんはやくたどりつく』


「そ、そっか。ご、ごめんね。余計なこと、言っちゃった……っ」


『ゆるしてあげる』


「あ、ありがとう……」


 早朝の『モロー』は西からの風が強い。その風を受け止めて、より早くあのボロボロにされた船へと辿り着くには、ベストな飛び方をしている。


 それでも、その指摘に腹は立たない。ジャンも早くあのボロボロにされてしまった商船にいる生存者たちを助けてやりたいのだ。オレやゼファーの魔眼以上に、『狼男』の嗅覚や『呪い追い/トラッカー』が知覚させる状況は明確なはずだからな。


 それだけ被害が大きい。


 ……世の中にある全ての災いに対して、責任を持っているわけでもないのだがね。ゼファーという翼を持っていることや、猟兵の諸々の力を考えていると……より多くのことがやれたのかもしれないと考えてしまうこともあるもんだ。


「……ふう」


 だからこそ、そのため息が出てしまうんだぜ、ジャン・レッドウッド。成長の証でもある。ジャンは、より多く、より広くのことにつながりを持とうとしている。それはヒトとして大きな成長だ。『ザクロア』の赤い森で孤独に過ごしていた頃には、持ちようのなかった感覚だよ。


 きっとね。


 これは、オレが与えてやれた感覚じゃない。


 悲劇に対しては、鈍感になるようオレもガルフも仕込もうとしていた気がする。ジャンはやさしいからね、誰かの痛みにより敏感になってしまえば、戦場での強さを損なうんじゃないかと心配もしていた。弱くなれば、それだけ死にやすいのが戦場だ。何とも、怖い事だよ。


 でも、今のジャンは、あの頃、オレとガルフが勝手に決めてしまっていた器の大きさを越えてしまっている。他人の痛みを感じ取って、行動力に変えようとしているんだ。


 ちょっとだけ悔しくもあるが、猟兵の哲学以上のことをしている。


 それゆえに、嬉しくもあるのさ。


 この力の由来についてが、嬉しいんだよ。やさしいジャン・レッドウッドに力を与えたのは何か?……もちろん、ジャン自身が歩んだ人生の結果だ。パール・カーンや、このあいだの帝国軍のスパイのガキとの交流だって、今のジャンを作ってくれている。


 オレだとかギンドウみたいな、バカな年上の友人も男には要るものだけど、やさしさと行動力を結びつける力を与えてくれるのは、我々じゃない方々さ。


「……が、がんばろう。やれる限りを、しなくちゃ!」


「その通り。ゼファーがいてくれるおかげで、誰よりも早くあの船に到着できる。治療も、あの船を曳航することもな」


「うむ。やれることを、しなくては」


『まっかせてー、すぐに、とうちゃくするよー!』


 西風を右の翼で掌握し、ゼファーは下降しながら加速を得ていく。朝の始まろうとしている黒い海面は、中海らしく静かだった。しかし、猟兵の嗅覚は潮風に融けた血の悪臭を感じ取る。


 ミアの猫耳が、ピンと緊張を強めていた。


「……この距離で、もうにおってくるなんて……っ」


「とんでもない、殺され方を、しているっすよ……まるで、『吸血鬼』みたいに、殺戮を楽しむような……ッ」


「……カミラ、落ち着いて行動をしましょう」


「は、はいっすよ。ロロカさん……っ」


「団長。ここは、冷徹な行動方針に基づくべきでしょうな」


「そうだな」


「全員で、意識しておいてください。『助かる者だけに、リソースを割く』。それが、最良となります」


 正しいことさ。正しいことが、辛さを帯びていないなんてほど、現実は甘くない。それでも、その正しさが見えていれば、より良く行動が出来る。感情は大切だ。しかし、感情よりも計算の方が多くを助けられる場合もあった。おそらく、オレたちが今から降り立つところもその傾向が支配している。


 『助かる者だけを、助ける』のだ。つまりは、『助かりそうにない者を、ちゃんと見捨てないといけない』。そうしなければ、ムダな死者を増やすかもしれないわけだ……。


 無力ではない。


 しかし、どんなに有能な力であっても、限界というものはある。そのためには、ときに冷徹な行動方針というものは必要となった。


「はいっす。自分の、『吸血鬼』の力が、いちばん多く助けられるはずっすから。出血を、止めてみせるっす。そうすれば、そうすれば……きっと、多く助けられる」


 聖なる呪いもある。


 邪悪と呼ばれた力でさえも、使い方次第ということだ。偉大な決意をしてくれているカミラのことを、抱き締めて撫でてやりたくなるが―――到着した。


『とーちゃく!『どーじぇ』!』


「ああ。カミラ、行くぞ!!『コウモリ』になって、あの船に全員で乗り移る!!」


「はいっす!!……『闇の翼よ』!!』


 温かな『闇』に我々はすぐさま包まれて、空のなかで無数の『コウモリ』へと分裂していく。多くに分かれた視線が走るあらゆる角度で、痛めつけられた者たちが見えた。吊るされている者さえもいる。死んでいたが、吊るされたときには生きていたかもしれない。


 明らかに、過度な残酷さがある。


 この襲撃をした連中は、軍事的な成果以上に……血を求めていやがったんだ。




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