序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その89


「演劇の賜物って?……ああ、そうか。フツーの人物を物語になんてしないものね」


「そういうことだよ。歴史上の多くの偉大な英雄を、私たちは演じたり演じるために学んだりする……でも、『モロー』や『プレイレス』から奴隷制度を終わらせてしまった英雄は一人もいません。空想の産物ならば、ともかく。こうして現実としてみせた。ストラウス卿はすでに歴史上最も偉大なことの一つを、してしまっているんですから」


「だから、驚かないのね。傲慢だとも、思えない」


「真実だからだよ。クロエも、うなずけるだろ?」


「……ええ。ちょっと、想像力が及ばないところがありもするけれどね。実感が、ないというか。それは、私がフツーだからね」


「うん。それでいいんだよ。私たちは、ただ応援する立場にしかなれないし……英雄になる力もなければ、なれるという自信だってないんだ」


「ストラウス卿は、それがあるのね。実力や実績だけでなく……自信がある」


「そうだ。歴史上で一番になりたい。そうすれば、欲しい『未来』が手に入る。人間族も亜人種も、共存している世界がな」


「……うん。お願いするわ。ロバート、ストラウス卿に、たくさん教えてあげて。歴史上で一番偉大な方になれるように!」


「可能な限りをお教えしますよ。ストラウス卿……全てを教え切る時間がないため、戦場で使うべきと思うコツを、あといくつか」


「知覚をより洗練する方法か」


「それもありますが、それと同時に相手へ与える『気配』のデザインの方法です」


「『殺気』のかけ方を、デザインすると?」


「そうです。『殺気』は放つ相手を知覚した者の心のなかに与えるものです。戦いのための力をにじみ出すことでも伝わりますが……姿勢からも伝える印象を増減できます」


「ポーズを考えるってことね」


「脅しに適したポーズというわけだな?」


「ええ。これは、技巧として確立しているものなので、ストラウス卿もすぐに戦場で使えると思います。日常でも使えるので、交渉術として商人や政治家に役者が指導することもありますね」


「なるほど。有効なわけだ」


「ヒトの感情や本能に訴えかけるものですからね。ということで、戦場で敵との間合いがそれなりにあり……つまり、『殺気』を放つときに、よく取りそうな姿勢をしてみてもらえますか?それを、私が脚色―――より、迫力のある形へと指導しますので」


「良いアイデアっぽいわ。さすがは、私の旦那さまね」


 商人や政治家にも教えていたり、伝説や神話の英雄を演じるために研究し続けていたりするわけだ。観客という不特定多数の者に伝えきる手法があれば、戦場での応用にも使えそうだな……。


 というわけで、雨音の響くアトリエのなかで竜太刀を構えていく。


「遠い間合いだ。勘の良い戦士にのみ通じるものだな」


「この場合は、自分から放つ『気配』そのものを強くデザインし直すと効果的です」


「……伝わるの?」


「感度の高い訓練された戦士にだけ、伝わるでしょう。効果としては、より威圧し……逆に言えば、より狙われやすくもなる。警戒させられもするはずです」


「『守備』に傾倒させられやすくもなるか……備えさせることで」


「はい。では、指導を……」


 肘の角度と、膝の角度を変えられる。実感は、ちょっと感じられないが―――その態度を見越してもいたのだろう。多くの役者たちの卵も、こんな反抗的な態度を指導者に抱くに違いない。ロバートは、見事にストラウス家の刀法の一つを物真似した。


「これが、最初の姿勢……それで、これが、今のそれです」


「……ふむ。たしかにな」


 威圧の力がより強まってくれる。手品と違い、その仕掛けはよく分からんが……。


「これは、自分の攻撃性をより高める姿勢です。自信を強めることで、相手の『気配』を侵略する『殺気』の間合いを広げられます。より重心が前に来て、より自分を大きく見せ、相手を小さく見下ろすようにする……獣たちも、よくやりますよね?有効だからです」


「動物たちにさえ伝わる動き、だから、ヒトも理解できちゃうの?」


「本能という原始的なモノに訴えているからね。猫にでも犬にでも馬にでも、ネズミにだって有効だよ。試したことはないけど、魔物にも。殺気立つ軍人にも有効なのは、こないだの戦闘で、実証済み。達人のフリをして、難局をやり過ごせましたから……」


 『モロー』での帝国兵との衝突で、実用性は証明済みとなれば、オレが使っても帝国兵どもには通じそうだな。


「あとは、心構えのコツとして……『壁』を背中に背負うようなイメージです」


「壁?」


「『玉座の配置』ですよ。王さまが座る玉座の背後には、すぐ近くに『壁』があるものです。『壁』があれば、王さまに相対する者たちは、視線を逃す場所がなくなる。王さまの背後に遠い景色があれば、そこを見ることだってやれますよね?だから、『壁』で視線が逃げないようにせき止めているのです」


「役者って、ヘンテコなことまで研究しているのね……」


「うん。でも、こうすれば王さまを見る必要が生まれるから、相手は逃げ場を失くしてしまう。そうなれば、権威や力と見つめ合うか……その胆力を持てない者は、逃げるか従う姿勢を取るほかなくなります」


「理屈は、分かった気もするが……壁か」


「『玉座』を想像するか、あるいは……ストラウス卿が背負うべき責任や『歴史』をイメージなさるとよろしいかなと?」


「ほう。そいつは、たしかに心構えが作りやすい。具体的だからな」


「……『歴史』を背負うのが、具体的なんだ。さすがは、歴史上で一番になる英雄ね」


 ちょっとドン引きされている気もするが、レッスンに集中する。背負うべき『歴史』、竜騎士五百年の伝統、竜騎士姫からつながるストラウス家の歴史、ガルーナの歴史そのもの……つまりは、アーレスだ。


 背中にね、あの傲慢な巨竜がいるようにイメージすれば、良いだけのことさ。あいつこそが、アーレスこそが、ガルーナの竜とストラウスと竜騎士の象徴であり、最大の『歴史』なんだから―――。


 竜太刀を構え直し……。


 アーレスと共に在ることをイメージする。


「……ッッッ!!?こ、これ、そうか、『殺気』というか、何か、別の……っ」


「伝統も背負うことで、気高さも得られるものです。これは、『王』の持つべき力の一つに他なりません」


「『魔王』の力か……ジャン曰くの、『歌属性』とも―――ッッッ!!?」


 ガキキキキキイ!!


 竜太刀が、脈打ち……。


 刃から逆立つように『牙』が生えて並ぶ。


「な、なに、それ!?」


「……大太刀が、変わりましたね……っ!?」


「どうなってるの!?」


「オレも知らん。知らんが、分かるのは……」


 ―――あーれすおじいちゃんを、かんじる!!


 そういうことさ。


 アーレスを、竜太刀に『より強く呼び出す』方法というものを、オレは理解できたようだ。




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