序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その86
仕事が見えて来た。オレたち猟兵も、そして、芸術家たちもだ。
「休暇なのは、理解しているのですが……『ショーレ』の商船の損害も大きいようなのです。何隻もの船が、敵側に奪われたらしく……」
「船だけなら良いが、船員も人質になる。助けられる限り、助けなくてはなるまい」
「ストラウス卿」
「なんだい、クロエ?」
「貴方自身の体も大切にしてね。優秀だから、多くの事をさせられていると思うけれど、ムリに働きすると、命取りだわ」
「ありがとう。休暇は、しっかりと取る。それでいいかな?」
「ええ。『ショーレ』の船員たちも大切だけど、ストラウス卿にもしものことがあった方が、きっと私たちは大きな損をするもの。『ショーレ』のドリューズさんも、部下を助けたいという気持ちが強くある。それは正しいことだけど……働き過ぎて、貴方を死なせたいわけじゃないはずよ」
「……そう、です。伝えてしまって、お願いしてしまっていて何なのですが……休息も大切ですから」
ワーカホリックなオレには、『働かない』という選択は少し辛さがある。しかし、猟兵の教訓は、ガルフの教えは守るべきだ。休むことも、仕事である。
「今日一日は、しっかりと休む。明日の朝、偵察も兼ねて少数の選抜で現地に向かおう。偵察し、敵に捕らえられた『ショーレ』や中海商人たちの船員たちを探す。ジャンの鼻が要るから……明日まで、待つ必要もある」
「そうしていただくと、メッセンジャーになってしまった私としても、気が楽になります。ストラウス卿に無理はして欲しくない。それは、私の個人的な感情だけではなく、クロエも言った通り……貴方の命には、大きな価値があるからです」
「肝に銘じる」
死なないように戦う。死を恐れていないところがある、ストラウスの剣鬼には難しさもあることだが、ペース配分も必要か……。
「ソルジェさん。こちらの方は、考えないでください。考え出してしまうと、動きたくなってしまいますから」
さすがはオレの愛するヨメだよ。うなずいた。
「作戦は、ロロカとガンダラに任せておくよ。それでいいな」
「いいですとも。私とロロカで、情報をまとめておきます。団長は、この仕事以外をしてください」
「わかった。じゃあ、クロエとロバートを、マエスのところに案内するとしよう。君らは、彼女に会うべきだろ?」
「はい。『遺作』について、聞いておくべきこともありますので」
芸術家さんたちを引き合わせる仕事ならば、別に体力も消耗しない。二人を引き連れて、マエスのいるアトリエはと向かった。
アトリエの扉をノックしても、返事がない。
鍵はかかっていなかったから、勝手に失礼させてもらう。
「邪魔するぞ」
「…………ふーむ……」
巨大な石材を前にして、たたずむ芸術家がいた。オレには何をしているのかは分からないが、顔を石材に近づけたり遠ざけたりしている。何かを探っている……感じ取ろうとしているのだろうな……。
「すごく、集中しておられるわね」
「……邪魔すべきじゃ、なかったかもしれない。ストラウス卿、私たちはマエス・ダーンさんが満足するまで、ここで待機しておきます」
「貴方は休暇を楽しむといいわよ」
「雨が上がっていないからね。それに、芸術を学ぶことも、オレには良い休暇でもある。見学しておこうかと思う」
「なるほど。それは、良い心掛けだと思いますよ。『プレイレス』の芸術は、奥が深いですから。学ぶほどに、人生をより良く楽しむ視座を見つけられます」
「そうらしいから、学び取りたい……とりあえず、ロバート。お前からもな」
「私から、ですか?」
「マエスを見ていても、掴めることは少なそうだ。ちょっと、専門外過ぎるところがあるんだよ」
「分かるわ。私も、岩とにらめっこしている女から何を得られるのか、ちょっと想像もつかないもの」
「だから、お前に訊いてみたい」
「私に答えられることならば、何なりと」
「練習法だ。昨日、『ツェベナ』でしていただろ。クロエにプロポーズをする直前に。オレたちは、その一部始終を目撃したというか……させられたというか」
「お、お恥ずかしい……っ」
「皆、ちょっと性格が意地悪だと思うわ。どっかのケットシーの女、座席で観客気取りでこっち見ていたものね」
「オレは、そこまでしちゃいないぜ」
「そうね。にやけていたけれど」
にやけるぐらいは許して欲しいところだ。なかなかの不思議な状況だったんでね。
「それで……ストラウス卿、あの練習が、どうかしましたか?」
「距離の、練習だよな」
「ええ。さすがですね。あれは、一定の歩き方で、たどり着ける場所に、明かりを配置して、演劇を行う上での『最適な間合い』を身に刻み付けるための方法です。『プレイレス』の演劇練習には、いくつもの流派がありますが……あれは、私が属する派閥の主要な練習法です」
「そいつをするときのコツを、ちょっと教えて欲しい」
「構いませんが……どうして、でしょう?」
「武術に使えそうだからだ。感じ取り、把握する力……それを、磨きたい」
「ほんとうに、休暇に向いてない方なのね」
「疲れることじゃない。それに、芸術にも詳しくなれば、人生が豊かになるらしいからな。ということで、少しばかり、アレのコツを教えてくれ」
「はい。よろこんで!」
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