序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その85


 『ショーレ』とレブラート家からの要請か……ビジネスをしないわけにはいかん。


「こっちに来てくれ。ロロカとガンダラとも話し合うべきことだ」


「ええ。わかりました」


「……私は」


「一緒に来てくれ。ロバートが喜ぶだろうから」


「そ、そうねっ。私が背中を押してあげた方が、この人は仕事しやすいもの」


「そうだ。しっかりと尻に敷いてやれ」


「了解よ」


 新米夫婦を引き連れて、ロロカとガンダラのいる応接間へと向かう。魔力を探れるからね、誰がどこにいるかなんてことは常に感じ取れている。便利な魔法の目玉のおかげだけでなく、魔力とか……そして、マエスのレッスンでまた一段と磨かれた感覚でも分かるんだ。


 ドアを開くと、窓の近くにあるソファーの上で眠っていた『白フクロウ』に威嚇されたよ。


『くええええ!!』


「……ペットかしら?」


「違うよ、従業員みたいなものさ」


「まあ、竜を飼っているのだから、何を飼っていたとしても驚きようもないわね」


 ゼファーに比べれば、白い『フクロウ』では迫力はないようだ。クロエの言葉に、あいつは傷つくこともない。ただ、じーっと、オレのアタマを狙うような視線を向けてくるが、空気を読んだのか。くるりとアタマを回すと、目を閉じた。休息する方がいいと判断したのだろう。


 それは、正しいよ。オレは攻撃を避けるし、また近いうちに空へと飛び立たなくてはならなくなるのだから。休暇は、事実上、もう終わったようなものだよ。帝国の軍事行動の兆しがあるのならば、早急に応じるべきだ。我々は、少数である。連勝という事実は大きいが、それで戦力の比率の全てが変わってくれるわけじゃない。


「ソルジェさん……それに、『ツェベナ』の」


「はい。どうも、ロバートと申します」


「私は、クロエ。今回は、うちの旦那の仲間が、お世話になりました」


「いいえ。惜しい人材を亡くしましたわ」


「……そう言ってもらえると、彼女も満足します」


「……それで、このお二人が、この部屋まで来られたということは、『ショーレ』からの要請が入ったということでしょうかな?」


 ガンダラの言葉にうなずきながら、情報を加えもする。


「カイの実家からもな」


「なるほど。こちらの掴んでいる情報とも、一致しますな。困ったことに」


「帝国の動きがあるわけだ」


「は、はい。『ショーレ』の船が、襲われたんです。場所は、ストラウス卿の指摘された通り、中海の南東……」


「第九師団の残存部隊、というわけでもなさそうだな」


「ええ。第九師団ではありません。この襲撃者は、大陸南東部に陣取る帝国軍のようです」


「ふむ。情報は、集まっているわけだ」


「あくまでも、状況証拠が主な予測ではありますがね。真実からは、遠からずと言ったところではあるでしょう」


「賢いロロカとガンダラが、そう言ってくれるなら間違っちゃいないさ」


「ソルジェさんの『野性的な勘』も、同じ方位を見てくれているのなら、より信頼できますね」


 ガルーナの野蛮人の知性じゃない領域に由来する判断力ってのも、悪いものじゃない。賢さだけじゃなく、野蛮な本能だって、情報をくれるものだ。種類が多い方がいい。それぞれに探れる質は違うわけだから、併せて考えるべきだよ、オレより賢い二人がね。


「正体が想像できているのならば、敵の『拠点』にも理解が及んでいるだろう」


「当然ですな。多くの情報から、導き出した予想です。『ストラウス商会』のみならず、マルケス・アインウルフ、ならびにランドロウ・メイウェイからの助言も加えてのことです」


「帝国軍に詳しい二人が、どういう助言をくれたと?」


「第九師団の敗北により、帝国軍は『プレイレス』という巨大な通商の道を一つ失っている状況ですからな。失えば、ヒトはどうすると?」


「もちろん、補いたくなる。痛みは避けるべきものだ。連中は……『プレイレス』を通らない商売用の道を探している」


「そうなんです。あの二人からの助言は、その具体的なルートの予想。二人それぞれ違うタイミングで助言が届きましたが、同じ場所を示してもいました」


「信頼度も高まるってわけだ」


「ええ。とても、高い。我々が得た情報を、総合的に照らし合わると、『ショーレ』やレブラート家の商船を襲った敵の『拠点』は―――『迷宮都市オルテガ』です」


「『迷宮都市』か……物々しいというか、不思議な印象を受ける。複雑に、城塞化した都市ということならば……なるほど、歴史的な紛争地域に遠からずというわけか」


「正しい理解ですな。『迷宮都市オルテガ』は、さほど歴史の表舞台に浮上することはありませんでした。多くの勢力が取り合い、戦火にたびたび焼かれるような街でもある」


「……そういった街を、いかなる王も拠点に選びたくはないものです。君臨すべき場所ではなく、しかし、交通の要衝であることから、城塞建設への投資は盛んとなったのです」


「住みたくはないが、可能なら維持しておきたい場所か。その結果、『迷宮』と呼ばれるに相応しい城塞が築かれていった……今では、帝国軍の一団が、その城塞を砦のように使っているというわけかい」


「そういうことですよ。団長も、賢くなられた」


「あちこち旅して見聞を広げている最中なんでね」


 褒められると、嬉しくなるもんだよ。ガンダラみたいに賢い年上の男からの評価は、最高に男の心を弾ませるものでもあった。だが、緩んだ笑いをし続けるほど、緊張感を解くべき状況でもない。


 『迷宮都市』、高度に城塞化された都市が、帝国の新たな商業の一大拠点として機能しつつあるわけだ。しかも、積極的に攻撃まで仕掛けるほどには、戦力が充実してもいる。帝国軍は、帝国貴族や大商人たちの投資で戦力を充実させやがるんだ。『迷宮都市オルテガ』には、『中海』で使えなくなった金が注がれている。


「とんでもないハイスピードで、そこの戦力は増強されちまうだろうな。素早く、ぶっ壊しておく必要がある。竜の翼を使える、『パンジャール猟兵団』以外に、この遠征はやれん」




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