序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その84
「ああ。少しでも、貢献できたのならば嬉しいよ」
「……すごいヒトだわ、ストラウス卿は。これからも、世の中を変えて欲しい……私たち凡人もがんばって支えるけどね」
「頼りになる」
「……ロバート、来たわね」
「お待たせ、クロエ!」
「はあ。待ってもないし、私よりもストラウス卿を見なさい」
「そ、そうだね……ストラウス卿、アリサ・マクレーンの件は、ありがとうございます。同僚として、それをまず伝えたいです」
「伝わったよ。その……怖がらせるわけじゃないが、お前たちも、注意するようにしてくれ」
「武器を、携帯するようにします。家も、警備を……義弟くんも、心配してくれて……警備に傭兵を雇ってくれると」
「やりすぎかなって思うけれど、安心はするわよね」
「カイの思いやりだ。受け入れてやるといい。オレも、君らの身辺に傭兵が置かれるのであれば安心だ」
「落ち着かないわ。二人っきりにもなれる時間が減りそうだし……」
「ガマンすればいい。二人きりになど、これから一生のあいだいつでもなれる。今は、不安定な時期だ。そういうときは、警戒し過ぎることはない」
「……そうなんでしょうね。戦いのプロが言うんだもの。無視できないわ」
「私たちは死ぬわけにはいきませんから。自分たちの人生のためでもありますし……私は、役者仲間の『遺作』に参加することを決めました」
「適任だろう」
「ええ。性別が違えど、似た立場と言えるかもしれませんから」
「演劇にして伝えてやれ。正しいことと、悪しきことをな」
「そうします。かなり……というか、とんでもなく大きな政治的な劇になるかもしれません。『モロー』の人々には、批判的な感情を抱く方も出るでしょうが……やり遂げます」
「覚悟あれば、伝わるさ。より多く、より長く、伝えていけばいい。そうするほどに世の中を変えられると考えれば、やりがいも見つけやすいだろう」
ロバートはうなずいた。その目は赤くてね、ここに来るまでに泣いていたのかもしれないが、諸々の迷いも涙と一緒に流れただろう。
危険はある。差別と戦おうというのであれば、人間族の悪意に晒されることにもなりかねん。戦いとは、常に弱い場所か、価値あるターゲットを狙うものだ。アリサ・マクレーンとミロの人生を演劇にしたものを嫌う者は、あの二人と共通点があるこの二人を殺して、政治的な勝利を作りたがる。
政治における戦い方には、悪意を表現することもあるのさ。悪意を示し、人心を変える。悪意や正義は、いつも似ていてね。真実じゃなくて、いくつもあって……排他的なものだ。
「『自由同盟』からも、権威と軍事力を『ツェベナ』に送るように手配しておくぜ。あまり、政治的な影響は芸術家である君らは嫌うかもしれんが……安全策にはなる。戦士と外交官を君らにプレゼントさ。上手く使ってくれると嬉しいね」
「座長と、相談しながらでしょうけれど……」
「座長との相談に応じられる人物を手配するさ」
「可能なら、人間族の男がいいわね」
「ふむ」
「いい判断でしょ?貴方たち男は、争いごととなると自分を貫きたがる」
「かもね。挑発的な人事も、考えていたよ」
「威圧するだけが、能じゃないと思うの」
「その通り。いい女性だ。オレたちバカな方の性別にも詳しいし、たしなめる知恵もある」
「です、ね。自慢です、そういう意志の強さがあるところも」
「も、もう。じっと見つめてないで、他のことも話しなさいな!」
背中を押してもくれる非常に良い人物でもあるね。ロバートは、集中力が高すぎるように思う。芸術家らしく没頭したがるんだろうから、クロエのように機転が利いて、視野の広さのあるパートナーは合っている。良く出来ているもんだよ、恋愛ってのも。
「……アリサ・マクレーンの件以外にも、お伝えしなければならないことがあります。こちらは、『ショーレ』のラフォー・ドリューズさまからと……同時に、義弟くんからの報告にもなります」
「商人たちに、何かが起きた。帝国軍がらみの」
「さすがです」
「戦いには、鼻が利くように出来ているんだよ」
カイ・レブラートの父親は中海の豪商、ラフォー・ドリューズもそうだ……中海そのものは、『プレイレス奪還軍』というか、都市国家の連合が掌握しているわけだから、そう問題が起きるとは思えん。海賊や反乱分子は、かなり刈り取っている……。
となれば、より遠くでトラブルが起きたということまでは山猿並みのアタマしか持っていないガルーナの野蛮人でも分かるよ。そこから先については、予想を組み立てて推理するよりも、役者殿の口から聞いた方が確かで早いが……。
さっきの『白フクロウ』のことが、思い浮かんでいたからね。ロロカ先生も『ストラウス商会』からの報告があるとか言っていたことも考えると、連想して考えてしまっていたな。うちの会社は陸路で、ラフォー・ドリューズもカイの親父も海路が商いの場だ。
それが、もしも、一致するのなら。
「……南東か。中海が、大河のように東の果てへと向かう地域……」
あそこならば、陸路であり海路である。全方位に偵察を派遣している『ストラウス商会』と、中海の豪商たちとの接点もあるんだ。
もちろん、こんなものは予想でしかない。まったく別々の地域に由来する報告かもしれんが……軍事的な悪意というものは、デザインされ連携しているものだった。そっちの方が、より相手にとって脅威となる。
「どうなってるの?当てちゃったわ」
「言っただろ。戦いの気配には、鼻が利くのさ」
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