序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その76



 ―――猟兵たちは音楽に包まれる、雨音の響く湖畔の屋敷で。


 穏やかな時間は、彼らに必要だ。


 長く続く戦いの日々でも、人生を忘れてしまうことがないように。


 日常を捨てすぎた者の生き様は、壮絶すぎて不幸なのだから……。




 ―――かつて、猟兵たちの祖ガルフ・コルテスは悟った。


 赤毛の『死神』と対戦して、自分とソルジェ以外が死に絶えたとき。


 絶対的な力を持っていた『死神』は、ソルジェ・ストラウスは孤独に過ぎた。


 強くはあるが、限界がそこに見えてしまっていた……。




 ―――だから、ソルジェを勧誘したとき酔っぱらってみせたのさ。


 ふざける力が、悲惨な勝者となった『死神』を救う気がした。


 同情に由来するわけじゃなくて、『死神』をもっと強くすることが目的だよ。


 最強の猟兵を、誰よりも欲していたのはガルフ・コルテスだから……。




 ―――人生を教えてやるためには、ふざけたような皮肉も要る。


 ソルジェは家族も故郷も王も相棒である竜も、全て失った男だから。


 マジメにその悲劇を背負い過ぎてしまうと、心が壊れてしまうんだよ。


 普通の男なら、とっくにつまらない復讐鬼に堕ちていただろう……。




 ―――でも、ソルジェは違うんだよ。


 あまりにも強いから生き延びてしまうし、本質的に利他的なんだ。


 誰かのために戦うほどに、その真価を発揮する男だよ。


 多くの復讐鬼のように、自分を憐れみながらいじけることもやれはしない……。




「桁違いなのさ」




 ―――ボクは知っている、君が酔いつぶれたとある夜。


 9年前の悲しい記憶を叫びながら、酒のおかげで眠れたとき。


 ガルフ・コルテスが教えてくれたよ、ソルジェの価値を。


 ガルフは多くの英雄を見て来て、ちゃんと理解していた……。




「誰かのために戦える者が、英雄になれる。こいつにはそれがある。だからこそ、引き出さなくちゃならねえ」




 ―――孤独では、到達できない領域があるんだよ。


 それが『英雄』という立場で、ガルフはそこに君を就かせたかった。


 というか、それが定めだと彼は信じて疑わなかったんだ。


 家族と故国のために、無敵の力で暴れ続ける男に猟兵が加われば……。




「世界も力で変えちまうのが、英雄だ」




 ―――ボクは最初こそ、少しその誇大な印象を受ける概念を受け止められなかった。


 けれどね、君の変化を誰よりも近くで見て来た者の一人だから知っている。


 酔いつぶれた君やギンドウのとなりで、ガルフの本音を聞くのはボクの仕事だった。


 誰よりも『死神』から、『英雄』の素養を増やしていく男を見て来たのがガルフだ……。




 ―――君が新しい『家族』を増やす度に、愛情や友情を増やす度に。


 自分を燃やし尽くしてしまおうとしていた男は、変わっていったよ。


 復讐者というものは、君の本性とは少し違うんだ。


 多くを失った痛みに、応えようとして選ばされた道に過ぎない……。




「英雄を創るときは、英雄らしさを教え込むのが一番だろう?」




 ―――単調な響きの割りに難しい言葉だったけれど、それは確かに正解だった。


 『英雄』らしさをガルフは定義し終えていて、それに沿わして君を導いた。


 猟兵の技巧と知識……力は、手段にしかなれないから。


 それはガルフも痛いほど理解していたから、本当は目的が欲しくなったんだと思う……。

 



 ―――誰もが本音を話せるわけじゃないし、本音の真相に気づけるとも限らない。


 本音にも裏側があってね、それがその人物の最も根源的な願望だよ。


 本人だって、気付いちゃいない深層心理だ。


 ガルフは猟兵作りのみに必死にも見えたし、君もそう考えているけれど……。




 ―――ボクは、それだけじゃないと思っているんだよね。


 誰よりも力を信奉する男がガルフだ、君はガルフの弟子だと考えているけれど。


 弟子であるだけじゃなく、希望を捧げた信仰の対象みたいなものでもあった。


 それに義理の息子よりも、君はガルフにとって『息子』だったんだよ……。




 ―――帝国を打倒するという大仕事さえ、過程の一つにしてやりたかった。


 『英雄』として君臨させたいと、『弟子/息子』に願っていたのさ。


 誇大妄想的で、君と猟兵の力を信じていたガルフらしくはあるだろう。


 復讐者から、『王さま/英雄』に仕立て上げて行こうとしていんだよ……。




 ―――『家族』は国とも似ていてね、忠誠心が基礎となる。


 相手に尽くすからこそ、相手からも尽くされるものだ。


 復讐者では、それは叶えられない力学だよね。


 過去と死者のために何もかもを、犠牲にして良いと願っている男にそれはない……。




 ―――生きている者に、尽くさなくては『英雄』にはなれないからね。


 だから、ガルフは君に『家族』を作ってやろうとしていたんだよ。


 ガラハド・ジュビアンの知っている白獅子と、君のそばにいた男は別物だ。


 合理的で利己的な力だけを教えた者と、利他的な性質を教えた者の違いがある……。




 ―――ガルフにとっては、失敗した『義理の息子の教育』への償いだったのかもね。


 ガルフは認めたくもないだろうけれど、ガラハドは人生における大きな存在だ。


 ボクは、ガラハドとも飲んだことがあるけれど。


 あの蛇みたいに嫉妬深い男は、悔しがっていたよ……。




「親父は、鈍っている」




 ―――嫉妬に過ぎないけれど、彼を悪くも言い難いよね。


 ガラハドはガルフから家族的な愛情は、与えられちゃいなかったから。


 そういう関係性じゃなく、より純粋な師弟関係と義務の臭いが強い間柄だ。


 嫉妬深い男が、君とガルフという『親子』を見て耐えられるはずもない……。




 ―――二人にとっては正しい形だろうけど……まあ、ガラハドのことはいいさ。


 彼は君が斬って、もうこの世にはいないのだから。


 出会えたとすれば、おそらく悪夢の夜にだけ。


 執念深い嫉妬の毒蛇だから、死んでも君を嫌っているだろうけれどね……。

 



 ―――ガルフは祖父で、ミアは妹。


 その関係性を軸にして、『日常』を君に『再教育』していったね。


 そうすることで、より君の本質を再建できると信じていたからだろう。


 ユーモアあふれるお兄さんの方が、『死神』よりもよほど強いんだ……。




 ―――死ぬことも恐れない勇敢さが、周りを大切にするようにもなり加減を知った。


 『家族』をすることで、君は『死神』から『英雄』へと近づいて行く。


 自覚はなかっただろうけれど、君はどんどん偉大な男に見えて行ったよ。


 ルードの狐であるはずの男が、利用するんじゃなく本気で仕える気になるほどに……。




 ―――雨と鍵盤が組み上げてくれる、このおだやかな『家族』の時間を。


 君は存分に受け入れて、楽しむといい。


 それが君の本質で、君を猟兵としても『英雄』としても大きくする。


 ミアのために、黒髪を撫でてあげればいい……。




 ―――大切な者を、より多く知覚するほどに。


 君は戦場では狂暴にも冷静にも執念深くもなって、『英雄』になれる。


 誰かのための利他的な怒りを放つとき、周りを変えてしまえるのが『英雄』だよ。


 仲間はおろか敵さえも、『英雄』には変えてしまう力がある……。




 ―――もうすぐ、報せを届けることになるんだよ。


 『新しい任務』が、君へと伝わる。


 しっかりと休んで、新しい戦いに備えて欲しい。


 世界を変えてしまう戦いは、まだまだ続くらからこそ『家族』に頼ろう……。




「どうあれ。自分の本質により近づくほど強くなれるのが、男ってもんだぜ!」




 ガルフ・コルテスいわく、そういうことらしいよ、ボクらのソルジェ・ストラウス!




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