序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その75
……ガンダラと、久しぶりに色々と話せたよ。良い時間となったが、しばらくするとサウナの熱さにガマンの限界が訪れた。汗だくになったガンダラが先に出て行き……オレはガルーナ人の愚かな本能に従ってみる。暖炉上端に転がる焼けた石の群れに、大量の水をぶっかけるんだよ。
当然、蒸気が大量に上がる。
サウナ室の熱気がバカみたいに強くなるぜ。独りぼっちでバカなガマン大会を決行だ。顔が火傷しちまうんじゃないかって思るほどに熱く、湯気が室内を白くかすませやがる。呼吸をすると、鼻の奥どころか喉の近くまで熱さがある。どこぞのルード・スパイが好みそうな激辛カレーでも食わされたみたいだった。
二分ほど、ガマンした後で。
さすがにギブアップするよ。
……脱衣室に行き、そこに設置された冷水バスタブに飛び込む。ガキみたいだ。王さま候補としては、少しばかり情けなさがある。だが、問題はない。ここにいるのは、オレとガンダラだけだ。どんなにガキっぽいことをしても、失望はされん。ずっと昔から、こっちの本性を把握してくれているんだからな。
赤毛の全てを、冷たい水につける。
水に塞がれて、音も閉じた。
冷たさと一つになり、限界以上に熱されていた体温を冷ましてもらのさ。バスタブにも、『古王朝』の建築技術の高さが活かされていたよ。水流を感じる。湧き水が、注がれるようになっているんだ。斜面の底だからな。冷たい地下の湧水を、汲み取り注がれる小さな穴が、石造りのバスタブの底に隠されている。
ありがたいことだよ。
高度な建築技術を、『モロー』の職人たちが継承してくれていたおかげで、この潜水でサウナの熱がちょうど良く中和される。水中で、ごぼごぼと息を吐いて、泡立つ水面の音を楽しんだあと、自ら顔を突き出した。
「ぷはあ、ああ、はあ、はあ……すげー、気持ちいいわー……っ」
「ずいぶんと、楽しそうですな」
「ククク!ガンダラも、やっただろう?サウナ上がりに冷水につかるってのはさ、限界までサウナのなかでガマンした後には、極上の楽しみじゃないか?」
「つかりはしましたが、頭まで潜ることはしませんよ」
「なるほど……そうかもしれん。オレは、少々、ガキっぽいからね」
ニヤリと笑う。
ガンダラはいつもの無表情で、さっさと服を着ちまったから。オレも、着ることにしよう。あまり、冷水につかり過ぎて、サウナの熱の全てを消しちまうのも違う気がするからな。
水から上がって、身体を拭いて、服を着る。猟兵らしく、竜太刀を背負ったらガルーナの野蛮人に戻れたよ。
……そとあとで、サウナ上がりの身体を背伸びしたり、腕を振りつつ腰をひねってストレッチをかけたりしながら、ピアノの心地良い音が流れる遊戯室に向かう。レヴェータとやり合ったおかげで、あちこちダメージが入っちまっていたが、それもかなり抜けてくれていた。
傷にもいいかもしれん。
血の巡りは加速されるから、魔力は全身に届いてもくれるしね……。
階段を昇るガルーナの野蛮人の体重は、さっきよりも軽い気がした。汗で、だいぶ体重が抜けているのかもしれないが……悪くはないどころか、心地良さがある軽さだよ。
三階の遊戯室にたどり着く。ミアとリエルは、眠っちまっていたな。マエスのピアノは、また雨音に似ていて、心をどこまでも落ち着けてくれるからしょうがない。オレとガンダラを見つけたカミラが、笑顔で寄って来てくれる。
トレイと、それに載せた水差しだ。コップもある。こういう気配りは、カミラらしい。
「どうぞっす。ソルジェさま、ガンダラさん。冷たい水っすよー」
「ありがとう、カミラ」
「サウナで水分が、かなり失われてしまいましたからな。助かりますよ」
「ずいぶんと、長かったっすからね。子供みたいにガマン大会とかして、気絶しているなじゃないかって、リエルちゃん、ついさっきまで心配していたっすけど」
「今は、ソファーに座ったまま、ミアのアタマを膝枕して眠っている……愛らしい光景だ」
「リエルも、疲れたのですよ」
ロロカ先生がリエルを慈愛に満ちた顔で見つめながら、教えてくれる。
「エルフと人間族の恋人たちが、殺された。リエルは、クロエさんとロバートさんのことを、とても喜んでいましたから。我が身と、重ねていたんです。それが、今朝の事件で、二人が殺されたかと思い……違っていたとしても、エルフが殺されていた。誰よりも、被害者に同情していたんです」
気丈に振る舞っていても、それは見せかけでもある。リエルは、タフだし強いのも事実だが……それでも、今朝の事件は精神的に辛すぎた。
水をがぶ飲みして、よく頑張ってくれていたリエルの銀色の髪を撫でにいく……。
「……ん。ソルジェか……むう、私としたことが、うたた寝、していたのか。ふわあ……っ。お前、サウナで、遊び過ぎたんだろう。長かったぞ。ムダに、体力を削ると……ジャンのように夏風邪をこじらす」
「そこまでは、疲れちゃいないさ。傷の具合にも、ちょうど良い程度だ」
「うむ。そうか。ガンダラが、ついているのだから、ムチャはさせんか……」
「ええ。副官ですからな」
「さてと……っ!」
ミアを起こさないように、リエルのとなりに座るんだ。オレも、寝息を立てているミアの黒髪を撫でてやりながら、マエスの演奏を楽しみたいからね。
「……いい曲だ。マエス。おっと……話しかけるのは、マナー違反か?」
「マナーなど、気にするな、ミスター。これは即興曲。お前たち一家を感じ取り、作っている曲だ。話しかけてくれても、構わん。まあ、集中は削がれるが」
「わかった。黙って聞き惚れておくよ。君の奏でる、芸術に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます