序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その68
「お空大好きなやーつが作ったんだね!」
「そうみたいだな!」
「あー。絶対に、ゼファーやルルーに乗れたら、大喜びしてくれたよね。大工さんも、この絵を描いた絵描きさんもー!」
「そうだな。やはり、誰しもが竜の背に乗れるほど、世界の空は竜で満たすべきだ」
「ほんとだよねー!竜まみれだったら、みんな、もっと幸せにあふれた日々を過ごしているよね!」
竜騎士ストラウスの兄妹は、お互いの思想を確認し合う。もはや、それはストラウス家の哲学だよ。遠くない『未来』において実現してやれねばならん。ゼファーの仔で、空は満たされるだよ!
世界は、愛らしさに満ちるであろう……っ。
兄妹そろって、そのカワイイにあふれた『未来』へ思いを馳せながら笑顔さ!
「それで。ここは……っ!お兄ちゃん、発見です!」
お兄ちゃんも見つけているけれど、妹に譲るよ。義務だからね!
「何をだ?」
「ピアノがあります!!大きくないけど、ピアノがあるの!!」
「階段の幅は、そこそこあるから、根性出して運んだらしいな……」
大きくはないのが、労働面では幸いだろうが……それでも、なかなか難儀な作業にはなったはずだった。デカい男が二人がかりで運ぶ。階段のサイズを考えれば、それ以上は難しいな。ガルーナの野蛮人ならともかく、一般人の筋力では、ずいぶんと過酷な作業さ。
しかし、その苦しみを超えるほどの価値はあるのだよ。
「遊戯室ってところかね」
壁には、ダーツの的板がかかっていたよ。あとは、ビリヤード台もあるし……楽器を楽しもうという試みもやれるだろう。ピアノは一つだけだが、その周りには広さもある。踊ろうが歌おうが、バイオリンやらリュートを奏でることだってやれそうだ。
読書のような静かな楽しみではなく、身体をちょっと使った娯楽のための空間。つまりは、ここは娯楽室だったよ。空の『自由』を感じさせてくれる場所で、好きな遊びを楽しむ。なかなか、良い考え方だ。遊びってのも、極めようとすると難しいものだぜ。オレごときじゃ、まったく極められていないしな……。
「ギンドウちゃんがいれば、大喜びしてそう!」
「あいつは、遊びは何でも得意だからな。ギャンブル運は、まあ、微妙なところがあるが」
ずる賢さと運の良さはあるが、欲深いからリスクを度外視する。つまり、遊びに向いた性格をしているわけだよ、オレの悪友、ギンドウ・アーヴィングはね。
「あと、レイチェルも。踊りたがりそう!……それとも、ピアノとかリュートの弾き語りとかのが、良いかな」
「芸達者だからな。何でもやれる」
サーカスの天幕の下で培われた芸術の才能は、器用だもんな。『人魚』に特有の天才性なのか、それとも、たんにレイチェル・ミルラが持って生まれた固有の天賦なのかは分からないが……レイチェルは、たしかにこの空間を好むだろう。
ミアは、好奇心に満ちた足音を使い、小さなピアノのそばへと向かった。お兄ちゃんも、ついて行くよ。
「ピアノさん。フタ、してるねー」
「閉じてるな。しばらく弾き手はいなかったのかもしれん」
「鍵、かかってるかな?」
「試してみるといい」
「うん!」
小さな手が、鍵盤を覆い隠していたフタを持ち上げる。鍵は、かかっていなかった。ミアの瞳は、キラキラと輝く。
「おおー。オープン・ザ・ピアノ……っ!」
にんまりとした悪戯っぽく口もとがゆるんだ。もちろん、猟兵の指は試すのさ。あの白と黒の美しい基調を帯びた鍵盤を、人差し指が押す。
……調律された綺麗な音が、空を目指した高さのある空間に、ながくゆっくりと響いて行ったよ。
「ここ、なんか、音が、響くカンジがするねー」
「そうなるように工夫しているようだ。壁の板も、おそらく、それように質を考慮されたものだろう」
「うん。竜騎士の耳がね、教えてくれてるね。肌も、だけど」
「音が、壁からもしっかりと返ってくるな」
「レイチェルがいたら、喜びそう。あと、ピアノの旦那がいたら、もっと喜ぶよね!ガンガン、あの長い指で叩きまくるんだよ!」
「独特の音楽を、ピアノの旦那は持っているからな。あの激しさは、ここの壁が喜びそうだ」
「うんうん。絶対に喜ぶ!あー、ピアノ、私も弾けたら良かったかもーっ!ざんねんっ!」
「弾いてみるといい」
「えー。でも、わかんないし?」
「いいじゃないか。遊びだぜ」
「お兄ちゃん、聞きたい?」
首を傾けてくれるから、もちろんお兄ちゃんのアタマは縦に揺れるに決まってる!
「やったね!うん。それじゃ、やってみる!……度胸だー!!」
失敗なんて、気にしないでいいんだよ。これは、遊びだから。失敗なんてものは、そもそもないからね。
小さな指が、適当に踊る。
音が暴れているカンジだな。
でも、楽しめるよ。何せ、お兄ちゃんだからね。
「むー……やっぱり、ピアノは、ちゃんと習わないと、曲とか弾けないね!」
「そうだな。習ってみるか?」
「んー。面白そうだけど、今はいいかも!」
「そうか」
「ちゃんと習うのは、時間かかりそうだもん。こういうのは、たぶん、ちゃんと習わないと、詩人さんや、レイチェルみたいにはなれないし……今は、音楽は、聴くの専門なの!」
「オレもだ」
帝国を、倒したら。音楽を自分でも楽しめるように、兄妹そろって習ってみるのもいいかもしれん。きっと、楽器の一つや二つを扱えると、人生が充実してくれると思うぜ。『プレイレス』の芸術家たちに触れた結果か、ちょっと、芸術の大切さも知ったんだよ。
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