序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その67


 ミアは他の部屋も紹介してくれたよ。二階は、ベッドルームだらけだな。どの部屋も、確かに『気配』が違う。


「こっちの部屋は、『ジャンっぽい』の!」


「ああ。なんか、そんなカンジはするな」


 ちょっとだけジャンに失礼な気もするが、言い得て妙でもあったよ。こっそりとした部屋だ。天井が低くて、窓が小さい。露骨に言えば、ちょっと陰気な部屋ではある……。


「元々は、ベッドルームじゃないのかもしれないな」


「そうなのかも。何だか、ちょっと『コレジャナイ感』があるよね!」


「ああ……書斎、とかかもしれない」


 こっそりとした読書だとか、事務仕事を楽しむには、この周りを遮断するような部屋は良いのかもしれない。


「貸別荘にリフォームしたときに、書斎は排除しようとしたのかもしれんな」


「なるほどー。お仕事ルーム、いらないよね!お休みを楽しむんだもんね!」


 ワーカホリックなところがあるお兄ちゃんには、ちょっと刺さる言葉だった。オレは、もっとミアと遊んでやるべきなのかもしれない。


 仕事からは、可能な限り離れておかなければ、遊びにも休暇にも没頭することなんてやれないからな!


「どんどん探検してみようぜ!」


「うん!それでね、こっちの突き当りの部屋は、談話室なの!」


 椅子と暖炉が特徴的な部屋で、天窓も面白い。


「この部屋の上は、屋根なわけか」


「そうみたい。三階がないんだね。このお屋敷、高さがあちこち違うんだよ!」


「面白い」


「どうしてかな?」


「お兄ちゃん、アホだから、そこまでは答えられないぜ!」


「あはは。私も!」


「でも……きっと、楽しいからだろ」


「そーかも!」


 ストラウス兄妹は、アホっぽい答えを出したよ。皆が地下のサウナに行っているから、誰にも聞かれないからね。良かった……。


「こういう『オレたちだけの会話』をやれるのも、談話室っぽくて良いかもな」


 社交的で開放されている場所でもあるんだが、突き当りにこっそりとあるおかげで秘密の会話だって楽しめる。そういう意図が、きっと、この空間をデザインしているんだとは思うぜ。アホだから、それぐらいしか分からないけど。


「あ。これ、『ここ』!とくに、それっぽいよね!窓のところ!」


「おお。壁の一部が、へこんでいるな……」


「うん。『ジャンがいそう』なところ!」


 失礼な言い方かもしれないが、たしかにその通りだった。壁の一部がへこみ、作業を行える空間があった。小さな窓もあるから、光が十分に差し込んでくれるし、風も採れるな。


「ここなら、さみしくないし、こっそりも出来るし、自分の仕事もやれるカンジ!」


 誰もが会話の中心に君臨したいわけじゃないからね。ジャンみたいな引っ込み思案な者は、こういう場所で、『仲間』の会話を聞いておきたいってこともある。このへこんだ場所は、それをさせてくれる場所でもあった。


 適度な距離を保ち、この談話室が必ずしも『会話しなければならない場所』にはしていないわけだよ。シャイなヤツには、たまらない救いだし……難しい議論を誰かが展開しているときは、オレやミアもこの場所に助けを求めて潜り込んだ気がする。


 あとは。


 周りを出し抜くように、愛や友情を育むためにも良い『狭さ』がある。ここなら二人だけで、対面して座っていられるからね。気まずくなれば、談話を楽しむ周りの者たちや、この窓から見える美しい街並みなんかに視線を逃すこともやれた。


「すごく、面白いお部屋だったね!じゃあ、次に行こう!上だよーん!」


「おう。三階も見てみような!」


 探検しなくちゃならない。ミアと遊ぶためでもあるし、オレ自身の好奇心のためでもあるよ。この貸別荘は、やっぱり面白みがあるからね。


兄妹そろって階段を上がり―――途中で、やはり空を感じたんだよ。


 足を止めて、振り返るように『下』を見る。階段のある空間は、広くてね。一階の玄関フロアまで見通せる。その広さが、何ともオレたち竜騎士の感覚に心地良いものだった。


 それに……。


「うちの実家の階段も、こういうのだったぜ」


「そうなんだ。お兄ちゃんの、育ったお家!」


「ああ。近いうちに取り戻して、ミアの家にもなるな!」


「楽しみ!こういう、お家をさ、ガルーナにはたくさん建てようね!私たちが住むだけじゃなくて、皆にも住んでもらうの!お兄ちゃんの作る国に住みたいってヒト、たくさんいるもんね!」


 学ばねばならない。住むべき場所も、『魔王』さまなら用意してやらなければならないからな。


「お勉強のためにも、探検再開だよ!」


「おう!」


 遊ぶためのものだ。楽しむための行いでもある。兄妹そろって初めてのお家を探検するという行いは。それでも、楽しみながら知識をより得られるのは良いことだよ。間違いなく、我々のような単純なストラウスには向いているからね!


 階段を昇り切ると……。


 そこは開けていた。広々としたホールで、芸術に出会える。高さのある天井は『自由』を感じさせたし、四つある天窓は大きくて、空を……今日は、雨雲を映してくれる。そして、壁には風景画が飾られているんだが……。


「当たりだね!」


「おう。当たりだったな!」


 ストラウス兄妹は、当てたんだぜ。風景画は七枚も飾られていて、それは『カルロナ』周辺を描いたものではあるが、どの絵も地上を描く割合は少ない。額縁のなかには、青い空が広がるように描かれているんだよ。この屋敷は、やはり空を愛してやまない者に作られていたのさ。




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