序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その63


 マエス・ダーンと『ツェベナ』の芸術家たちならば、何だってやってしまえるような気がする。こと、芸術方面に関しては、これ以上の同盟関係はないだろうよ。オレも大歓迎で、応援する―――。


「―――ああ。もちろん、ミスターの仕事もちゃんと行うぞ」


「そうしてくれると、助かる。マエスにして欲しい仕事だ。アリーチェの像を、作ってくれ。それも、『モロー』や『プレイレス』を変えることにつながるだろ」


「ヒトは、知らねば変わらないからな。感情と、その意味を知らなければ……感動など出来んのだ。感情は猿でも分かるが、意味を教えられるのは芸術の力だけだからな。科学ですら、感動は出来ん。あちらは感情が足りない。正しく生きるためには、芸術は要るのだ」


「難しい言葉で、オレには通じない……はずなのだが、今日だけは、ちょっと分かるよ。世界には、君らが必要だな。この現実を、より良くなるためには、伝えてくれる者がいる」


「そうだよ。創るとは、伝えることでもあるのだ。だからこそ、知覚を研いで磨くことは、芸術家には必要な行いである。なあ、面白かろう。ミスターも、多くを創るといい」


「武術と戦争は、お前たちとは真逆にいる。鋼にやれることは、大したものじゃないぞ」


「破壊の『後』に、することもあるだろう。世の中には、色々なヤツがいるんだ。自分じゃ無理なら、使えばいい。支配者とは、それを能く心得て、正しく運用すべき者が相応しい」


「頼ることにする。帝国を破壊した後で、世界をちゃんとした形に作り変える必要があるからな……」


「ああ。それこそが、英雄の仕事だよ」


「大仕事だが、やらねばならんな」


 欲しい『未来』のためには、この大陸の全部を、変えちまわなければいけない。人間族も亜人種も『狭間』も……分け隔てなく生きていてもいい世界を創るには、帝国をぶっ倒して、その『後』に人々の心も変えちまわなければならない。


「芸術家だけでも、それは不可能だ。お前が、そこまで導いてくれるのならば、お前が望んだ芸術は、ようやく世界を変えられる。あの少女の像も、私と『ツェベナ』がこれから創るアリサ・マクレーンの『遺作』も。機能するためには、強大な敵を蹴散らしてもらう必要があるのだ」


「期待してくれているわけだな」


「そう。私は『とんでもない芸術家』だから、お前に、少しは芸術とは何なのかを知らしめておく係だと、思っていた。それゆえ、依頼を受けたのだ」


「『モロー』の金持ちは、嫌いなのに」


「そうだ。うん。やはり、昨日よりも良い目になったな」


「レッスンのおかげで、洞察の力が、ずいぶんと伸びた気がするよ」


 追放された亜人種の芸術家から成る『放浪派』、しかも、ハーフ・ドワーフの師を持ち、才能を妬まれ疎まれる『とんでもない芸術家』と来た。『モロー』から好まれるわけもないし、まして、マエスが『モロー』を好むわけがない。


 それでも、実力が彼女に地位を与えた。


 芸術は世間に教えていたわけだよ。差別や拒絶を貫いてしまうほど、マエス・ダーンの創る芸術には力があると、価値があると、正しいものだと。


「この仕事に巡り合えたのは、私の運命だったらしい。やはり、スケールは、大きく構えておくべきだ。その方が、いい仕事を成せる。いい仕事をせねば、死ぬその日に不満が残るものだ。駄作を後世にまで伝えるなど、屈辱極まりない。私は、今日も、『とんでもない芸術家』でいられるよ、おかげさまでな」


 ほめられたよ。嬉しいね、マエス・ダーンほどの偉大な芸術家に認められるのは。


 ……少しばかり、雨脚が弱まって来たから。


 我々は、『カルロナ』へと移動することを選んだよ。マエスの創った『遺作』の草稿が濡れてしまわないように、しっかりとヴィートは自前のカバンの奥へとしまい込む。二人を連れて、屋敷の玄関に出ると……。


「……お疲れさまだ、ソルジェ」


 美しいオレのエルフに出会うよ。雨に濡れないように、玄関の軒先で待っていた。ゼファーの鼻を暇つぶしに撫でてやりながらね。ゼファーは心地よさそうに、鼻の穴を開いては閉じたりしている。指の速度に、応じて開閉しているんだ。オレも、したくなる。


 だから、リエルのとなりにしゃがみ。ゼファーの鼻を撫でてみる。


『……ふ、ふふ……っ。くすぐったい……っ』


「ソルジェの指は、意地悪なところがあるからな」


「そうかな?」


「うむ。そうなのだ……それで、すべきことは、一段落か?」


「そうだ。『カルロナ』に戻ろう。悪人は捕らえたから、あとは芸術家たちに仕事をしてもらう必要もある。被害者たちも、家に戻してやらねばならん」


「では、三人とも、ゼファーに乗るがいい。ゼファー、仕事だぞ」


『……うんっ。はたらくの、すきー!』


「竜は、働き者なのだな。もう少し、傲慢で我がままな生き物だと思っていたが」


「フフフ。うちのゼファーは、猟兵なのだ。猟兵とは、働き者である!」


「心得たよ。では、ゼファーくん。また、頼むよ」


『らじゃー!みんなー、ぼくのせなかに、のってー!』


 雨のなかで巨体をゆっくりと踊らせて、その背にオレたちを誘ってくれる。仔竜は、本当に愛らしいものだよ。


「世界の空を、竜で満たしてみたくなるだろ、マエス?」


「どうかな?偉大さは、数ではない」


「だが、可愛いぞ?」


『かわいいよー?』


「まあ。ミスターがしたいのであれば、目指してみるといいよ。人種の壁どころか、もっと、とんでもない高さの壁を、お前はとっくの昔に越えている。偉大な英雄だな」


「ガルーナでは、『魔王』と呼ぶ」


「そうか。ならば、より偉大に、『大魔王』殿と呼ぶとしよう。『大魔王』殿、この世を、変えてくれたまえ。竜たちと共に」


「任せておけ」


『まっかせてー!』




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