序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その58


 真実が、そこにあった。


 痛ましいものがね。


 否定することをやめて、黙する男がいた。ダナー・スミスは、理解していないことが幾つかあるだろう。性的趣向はかなりユニークな極悪人じゃあるが、伝統的な『モロー』人の価値観を持っていた。『放浪派』が嫌い。亜人種が嫌い。『狭間』にいたっては、もっと大嫌いに決まっている。


 大陸のあちこちで、昔からそうじゃあるけれどね。


「……『ハーフ・エルフ』など……ッ。産まれて、くるべきでは、ない……ッ」


 失言である。


 だから、竜太刀を抜いて……突き立てた。


「ひ―――――」


 床にね。アーレスは、刀身のなかで黒い渦巻きを描いていたよ。殺せ、殺せ、罰してしまえと、短気な正義を主張しているんだ。アタマの皮を、うっすらと裂いただけでは、足りないと……暴れている。


 当然だ。


 殺すべき悪がいる。斬るべき悪がいる。戦士として生まれた者が、成すべきことはいつだって一つなのだから。死をもって、正義を成さなければ、オレたちが暴力的なことで世の中にもたらせる大きな価値の一つがなくなってしまうじゃないか。


 殺すべきではある。


 しかし、まだ、やらない。


「……マエス。オレを、操ろうとはするな」


「……ああ。ちょっと、それはあった。私も、短気なのだ。許してくれると嬉しい」


「『ハーフ・エルフ』には、オレも過敏になる。ダナー・スミス。覚えておくがいい。オレのヨメの一人は、エルフだ。そのあいだに生まれる子は、『ハーフ・エルフ』になるな。それに……アリーチェは、オレの『仲間』なんだよ」


「……っ」


 怯えて、息を呑む。当然だ。ちょっとした、ことで。コイツは竜太刀に切り刻まれて死ぬのだから。短気なんだぜ。ここにいるのは、基本的に、とても短気な者たちばかりだ。


「アリーチェが、見せてくれたんだ」


「……何を、だい?」


「今朝ね。夢を……守ってやれと、言っていた気がする。でも、間に合わなかったんだ」


「そうか。残念だったな」


「そうだよ。しかしね、オレには、幸運なことが一つだけ残っているんだぜ。他でもない。マエス・ダーン。君が、オレのすぐ目の前にいる。竜の魔力を帯びてもいない、普通の目玉と芸術の技巧と知恵だけで……死者からも、悪人からも、記憶を覗ける天才がね」


「……ああ。そうだな。それで、どうして欲しい?……アリーチェの像は、ちゃんと作ってやれるぞ。こうして、お前が彼女に捧げている感情を、しっかりと伝えてくれているからな……殺意をも、御している。ちょっとは、『殺させるつもり』もあったんだがね」


「そういうのは、芸術家の仕事じゃない。反省する点だぜ」


「……うん。そうだったな。武術をたしなむ戦士の担当すべきところだった。私は、芸術をするとしよう。死ではなく、生産することで、貢献しようじゃないか」


「……ということだ。殺人鬼野郎。『靴職人』、ダナー・スミスよ。正直に、怯えてくれ。マエスには、伝わってしまうのだから、真実がな。それは、オレが守ってやるべき命たちを、アリーチェが守れと言ってくれた命を、守れなかったことへ……してやれる、数少ない罪滅ぼしの一つだ。死ぬほど、怖がれ。もっと、情報を吐くんだ」


「こ、これ以上……何を……っ。私は、お、お前たちに……協力など、しないぞ……っ。決めた。決めたよ。何をされたとしても……言わない。こ、殺せばいい。殺すんだ」


「後で、殺してやるから、安心しろ。貴様の、仕事は……いや、義務はな。その醜さを徹底的に、マエスに教えてやることだ」


「……っ!?」


「真実を、告げてやるんだ。アリーチェたちが、ハーフ・エルフが……いや、『狭間』の子供たちが。『モロー』の土地でも、怖がらずに暮らして行けるように、『守ってやるのさ』」


 死んだアリサ・マクレーンとミロと……そのあいだに宿っていた子は、助けてやれなかった。守ってやれなかったがね。


「貴様の醜さが、人々に痛みとなって突きつける。『間違っている』のは、どっちなのかをな」


「……わ、私を、悪人に仕立てあげるのかね」


「仕立て上げるわけじゃねえよ。とっくの昔に、クソがつくほどの極悪人だろうが。だから、もっと、みじめに、貴様の、クソみたいな性格と、間違った考え方を、マエスに見せろ。その醜さを、『遺作』の一部にすればいい。アリサ・マクレーンの人生が、描いた愛の尊さも……差別野郎の貴様が、それを奪ったことの罪深さも。せめて、あきらかにするがいい」


「そんなことを、したからといって……っ」


「変わるぜ。クレイ・バトンのような、保守的な衛兵隊長でも、情はあるんだ。差別主義者だからって……善悪の判断もつかないわけじゃない。マエスが、アリサ・マクレーンの『遺作』を作って……その芸術で、刻み付けてやればいいんだ。貴様が、そうであったように。貴様ですらも、芸術の力で理解したから、殺したんだ。『ちゃんと世界は変わる』と分からされた。いいか、クズ野郎。今の『モロー』には、『プレイレス』には、奴隷が一人もいないんだぜ」


 軍事力で、無理やり変えてやった。


 だから、あとは……芸術の力も貸して欲しいんだよ。


 差別にも、負けなかった愛がある。そいつを、アリサ・マクレーンは、いつだって演じて、歌いたかったわけだから。皆に、見せてやりたい世界があったから、彼女はそうしていたんだろうよ。


 あにさまは知っているんだ。死者は、いつだって救ってやれない。


 だから、『未来』のために……戦士らしく、暴力を使おう。


 敵を恐怖で、操るんだよ。


「洗いざらい、全てを話せ。そうでなければ、竜太刀で、全身を少しず切断して、苦しませ続けながら……『長生き』させてやる。死ぬ方が、よっぽど楽なことをしてやるからな、オレの敵よ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る