序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その57


 芸術家は、真実を見る視点を示してくれるもの。マエスは、アリサ・マクレーンとミロのあいだにあった愛情を探しているんだろう。あの魔法の目を使って、悪人の記憶のなかに大女優が刻み付けたものを見ようとしているんだ。


 役者というものを、オレはおそらく理解しちゃいないのだが。それでも、人気商売だということぐらいは知っている。多くの者に、好かれなくてはならない。演技というのも、偽りではあって……現実ではないさ。


 でも、この殺人鬼野郎でさえも、見えたわけだ。


 アリサ・マクレーンは、真実を演じていた。ミロへの愛を、舞台の上で。役の仮面をかぶったまま。それが、許される公の場所というものは、亜人種への差別が強い『モロー』にはなかった……。


 彼女は、示したかったなじゃないかね。


 ……俺は役者じゃないけれど、ちょっと思うことがあるんだ。アリサ・マクレーンは、やろうと思えば、もっと違う演技だってやれたんじゃないか。つまり、この殺人鬼野郎に感じ取らせない演技だって、やれたんじゃないだろうか……。


 『本当のニセモノ』を、『どこからどこまで完璧な虚構』だって……演じられたんじゃないかね。『達人』なら、そんなことだってやれるような気がする。


 でも、殺人鬼野郎に、伝わったということは―――『伝えようとしていた』からじゃないだろうか。


 達人の技巧に、偶然なんてものがあるとは信じられん。


 感じ取ったのではなくて、感じ取らせるように伝えていただけじゃないか?……ちゃんと演技に隠しながらも―――いや、違うな。『真実ってものに、演技をさせた』?……そういうことを、していたんじゃないかね。芸術家じゃないから、畑違いじゃなるけれど。きっとね、アリサ・マクレーンは、嘘なんてついてないんじゃないかと思うんだ。


 『ツェベナ』の舞台で、しなくちゃならないから、したんだろう。なにせ、大女優なわけだから。そこで、大切な仕事を……芸術をしなくちゃならいなよな。真実を、伝えなくちゃならない。


 生きている君らに、会ってみたかったよ。間違いなく、馬が合ったと思うんだ。オレもエルフのヨメがいるし、昨日は、エルフの男が人間族の乙女と結婚する報告を、彼女の兄貴へしに行くのに同行し、そこでも、人間族の男が、エルフの奴隷だった女にプロポーズしていたりしたから。ロバートは君の同僚でもあるから、きっと、楽しめたのに―――。


「―――『この舞台は、『ツェベナ』は、不思議だ。日々、怒りが募るのに。破壊して、私だけのモノにしたいとも願う。嫌いなのか、好きなのか、分からなくなる。私は……アリサ・マクレーンに惑わされているような。でも……こんな感情を抱くのに。彼女の演技と歌は、心に……残る。耳に残った。幻想の、偽りの世界を離れて、日々の仕事に戻っても……この感覚は、残る。私は…………』」


「……その部分は、混乱していた。筆だって、乱れているはずだろう。酒も、飲んでいたからね。他を、見るべきだ。私は、もっと明瞭に自己を記した日もあるぞ。そっちを、参考にすべきじゃないかね、『放浪派』……ッ」


「いいや。こっちの方が、お前の真実だ。アリサ・マクレーンの、見せたかった真実に引きずり込まれている。認めがたい真実に、負けて、下らないお前の性格が、嫌だともがいている。認められない。だが、『真実に思い知らされていた』んだよ。芸術の勝ちだ。アリサ・マクレーンは、お前のような救いがたい悪人で、嫉妬深く、残酷なクズにさえも。自分とミロの愛が持っている力を示してみせた」


「……意味が、分からんね」


「だろうな。だから、お前は……怯えた。怖いものは、理解できないものだけさ。そして、暴挙に及び始めた」


「『余罪』があるわけだな」


「ああ。ちゃんと、書いてある。最初は……二週間前まで、合法だったことではあるが、エルフの奴隷を自分の金で買って、犯して殺した」


「……そうだ。貴様も、言った通り。『合法だ』よ。亜人種なんぞ、奴隷なんぞ、主がどう扱ったところで、罪には問われない。ここは、『モロー』だったんだ!!」


「まだ、殺すな」


 ……どこかの赤毛の野蛮人に、釘を刺してくれる。我々は、やはり良いコンビであったらしいね。


「『合法』だった。しかし、それも終わる。役者になるために、街角で芸を磨いている若者を騙して……家に招き、殺したな。解体して、バラバラにした。剥製も、『何体か』作っている。『モロー』の家の地下に、『展示している』わけだ」


「日記に、書いてあるのか」


「そう。いつか、自分が捕まったときに、作品と制作過程を遺す。作品のつもりだった。芸術家気取りになったつもりで。だが、お前のそれこそ『仮面』でね。本音は、もっと違う。たんに冒涜したかったんだ。アリサ・マクレーンとミロが、舞台で示した彼女たちの人生と愛情を、破壊して、獲物として狩り、並べて……自分が正しいのだと、見せつけたかったんだよ。俗物め。お前は、芸術家ではない。ただの、嫉妬に狂った、みじめで情けない、器のちいさな殺人鬼に過ぎん」


「……いいや。私は、すごいことをしたのさ。目を覚まさせるよ。奴隷を、無くすだって?……亜人種と、真実の愛だって?……ありえないな。『モロー』は、そうあるべきじゃない。私たちの故郷は、私たちの伝統は……私のことを、人殺しとして罰するかもしれないが、それでも、本音では……私のした殺人を、『正しい』と認めるさ。亜人種は、我々とは違う。あいつらは、我々の奴隷として、消費すべき『道具』だ!!」


「……ミスター。教えておこう。こいつの、罪をもう一つ。日記には、書いていないものを」


「…………何を、言っている?」


「感情が昂ると、筆に出るものだよ。芸術家でなくとも、シロウトでも、そうなんだ。お前は、感情的になり、『本当は自覚している嫌な事実』を見つけると、筆が特徴的に荒れるんだ。綺麗で、読みやすい、上流階級相手の職人らしい字が、ブレる。言い訳めいた叙述を用い、強い筆圧を使って、迷って崩れて伸びた字に、隠すんだ……『ざー』……っという音が、お前の記憶には残っているはずだ」


「……違う」


「正しい。だから、そんな顔になっている。『ざー』……今朝もあった。お前は、聞いたんだな。アリサ・マクレーンが、『カルロナ』にミロを連れ出して、『祝った理由』。解放じゃない。奴隷の解放だけでは、なかっただろう。だから、『ざー』……今朝、日記に書いた文字も、伸びて崩れているんだ。雨音みたいに、崩れて伸びて……嘘を隠した」


「……ない」


「ある。ミロは、元から奴隷じゃなかったから……奴隷が解放されたことで、アリサ・マクレーンはそれほどには喜べない。だが、奴隷が自由になった世界を見せて……そこで、告げたかったことがある。勇気を持てたんだよ。ミスターたちが、変えた世界を見て……あるいは、『奇跡の少女』を見て。あったのさ。大切なことが」


「ないと言っているだろう!!私が、その日記に、書いていないことは、存在なんてしないんだよッッッ!!!ない、ない!ないんだッッッ!!!」


「あった。当ててやる。芸術家で、女の私が、お前の罪を見抜いてやるよ。彼女は、妊娠していた。『母親になるから、助けて』……とでも、彼女は殺されそうになったとき、お前に言ったんだ。それを聞いたな。お前にとっては、日記に書けない、とても嫌なことだ。なあ……どうしたんだ?……否定しないのか?……お前は、自分のではないが、母親を殺したんだ。二人の間に出来た赤ちゃんも……この、クズ野郎め」




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