序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その47


 男は記憶のなかに『あいつ』を見つけ出していた。『靴の職人』……かもしれない男を。興奮状態に陥っている。『犯人』を見つけ出せた気になり、喜んでもいるし……そして、恐怖にも襲われていた。


「く、狂った殺人鬼が、私の近くに、いた……のか……ッ」


「それに関しては、気にしなくていい。要らん苦痛は、感覚を歪める」


「あ、ああ……」


「それで、『靴職人』然とした男が向かった『エンドルの屋敷』とは……建築家エンドルが建てた、あの屋敷のことか?」


 マエスの言葉に男はうなずく。有名な建築家についても詳しいか、さすがは『とんでもない芸術家』だよ。


「『エンドルの屋敷』も、帝国貴族に奪われていた。連中は、『プレイレス』の文化を奪い取ろうとしていたから……」


「帝国貴族の屋敷となっていたわけだな」


「そう!腹立たしいことに!」


 同意してやれるが、それ以上に興味深い点がアタマに浮かぶ。オレもマエスの魔法にかけられているのかもしれない。いつもよりは、少しばかりアタマの回転が良い気がする。


「じゃあ、今は無人か」


「……そう、ですな。ストラウス卿……貴方がたが、帝国貴族を追い出してくれましたから。あの、屋敷は……今では、『無人』…………」


 みんなで沈黙を作っていた。口こそ動いちゃいないものの、想像力は活発に動いていたはずだぜ。同じことを、考えていただろう。


「『拠点』にしているかもしれんな!」


 鷲鼻を揺らしながら、クレイ・バトンは興奮する。獲物の巣を見つけた猟犬のように。


 だが、マエスは釘も刺した。


「衛兵隊長。決めつけ過ぎてもいけないが、可能性はある」


「そ、そうだな。決めつけては、いかん……だが、可能性は、あるんだ。うむ……」


「建築家エンドルは『モロー』の出身、『モロー』の芸術家たちとも長い付き合いがあった。建築も、芸術の一つだから。そして、芸術にも流行がある。『ツェベナ』の芸術家たちが、エンドルの家を病的なまでに気に入っていた時期がある……エンドルの建築からは、『伝統』を感じ取れるからな。ヴィート、彼女の家はどうだ?」


「……その、エンドルの建築だったかまでは、記憶してはいません」


「思い出せばいい。芸術を志す者の目と記憶には、芸術品は焼き付いている。こうだ。私に指を、見ろ。こんな形だ。エンドルの建築の特徴は、『区画』だぞ」


 宙を突き刺した白くて長い人差し指が二つ、左と右に向けて四角を描いた。ヴィートの目が、その空中に走った幾何学模様を見せらると、血走り見開かれた。


「そうです。アリサ・マクレーンの家の玄関、両側にある柱は……四角い模様が、刻まれていました!」


「区画のなかに、獣がいた」


「いました。動物たちが……『ツェベナ』っぽいと、感じて……」


「ならば、エンドルの建築だ。あの建築家は、個性的でね。自分の建築物の周りに、自分の模倣は許さない。依頼を受ける条件が、それだ。隣近所には、エンドルの建築がないから、芸術家たちは『モロー』のあちこちに住むことになった。街に作れなければ、その外に作るしかない。そうまでして、エンドルに魅入られた時期もある」


 マエスも、それに魅入られた時期があるのかもしれない。今は、どうなのかは分からないが。何にせよ、また一つ、『あいつ』を追いかけるための情報を得られた。アリサ・マクレーンの家も、『エンドルの建築』だった。


「……ヤツは、こだわりのある男らしい。狂って歪んだ深い愛の持ち主、だったな?」


「そうさ、ミスター。犯人は、常識の上では理解しがたいが、愛情の体現者だ。狂気じゃあるが、情熱的で、中毒的な偏愛ゆえに、この死体を作ってしまった」


「『足首を剥製にするための場所にもこだわる』」


「ああ。この愛情は、常識からだけでなく、アリサ・マクレーンとその恋人のエルフという『恋愛対象』からも受け入れられなかった。届かない愛とは、いつも、切なく……『些細なつながり』さえも求めるようになるものだろう」


「それならば、エンドルが作った屋敷で作業を行う可能性は十分にある。犯人にとって、『つながり』だ」


「貴重な共通点だよ。些細なものではあるが、アリサ・マクレーンとエルフの男の愛の棲み処と、同じ気配が漂っている。芸術は、その視点を『あいつ』の頭のなかに再現してくれる。一度、行っていたとすれば、忘れられはしないほどには、強く興奮を覚えた。殺してしまったから、記憶のなかでしか、もう焦がれた『アリサ・マクレーンとエルフの男の愛』という真実には、会えない。さみしい雨は……終わった愛の記憶を誘いもする」


「それを、愛とは、言い難いがな」


「あくまで、『あいつ』にとっての愛ってことだ。私も、それを正しい愛などとは認められはしない」


「すべきことは、一つ見つかった。ゼファーを使えば、すぐにエンドルとやらが作った屋敷にたどり着ける」


「乗り込む気かね!!」


「当然さ、クレイ・バトン。オレは、犯人を許す気などない。逃す気も、ない。必ず、殺す」


「……捕まえたまえ。殺すことに、固執すべきではない。間違いの可能性もある」


 職業倫理から来る正しいアドバイスだった。だから、もちろんうなずいてやったよ。


「半殺しにして、君にやる。相応しい方法で、罰するがいいさ」


「……私も、同行したい」


「いや。これは推理に過ぎない」


「そう、だな」


「通常の捜査もするんだ。そうすれば、より確実に犯人を追える。くだんの屋敷に行くのはオレだけで十分だ」


「私も行こう」


「……危険だぞ?」


「何がだ?お前がそばにいる。殺すことにかけては、あちらよりも優れている。三桁は実績が違う」


「もっとかもな。戦場と、殺人事件はどうにも勝手が違うだろうが。たしかに、オレがそばにいれば安全だ」


「感情で暴発させないためにも、私がそばにいてやるとしよう。全ての『靴職人』をにらみつけてしまいそうな目をしているぞ。演技で、抑えようとしているが、やれていない程度には感情的になっている」


 ありがたい申し出だった。ブレーキ役は、やはりいる。ストラウスさん家の四男坊は、感情的になると見境ないところもあるのだから。心を、ちゃんと使えるように心がける。


「オレだけじゃないな。皆も、冷静に動け。『攻撃』の戦術が最も機能するのは、冷静に連携が取れたときのみだ。衝動ではなく、チーム・ワークに頼れ。周りの声も聴きながら、動くとしよう。犯人野郎を、追い詰めて捕まえるぞ!動け!!」


「了解です!!」


「はい、ストラウス卿!!」


 ……少しは、これで皆も冷静になれるだろう。この場で最も野蛮な男が冷静であれと諭すのならば、『プレイレス』の教育を受けた金持ちたちは、なおさら身を正そうとするさ。心は暴走も招く。これから先は、冷たい知性で仕事をすべき時間だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る