序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その41


「……『病みつきになる』っていうのは……まさか?」


 ヴィートの想像力は、適切に機能していた。少なくとも、オレとマエス・ダーンと一致した答えに行きついている。


「この犯人の性質は、『狩人』ということだよ。だから、『勝利の証』を持ち帰った。獲物という認識が、強い」


「『勝利の証』というのは、足と……皮膚のことか!!クソ!!この二人の被害者のことを、獲物だと!?」


「……落ち着けない傾向だな、クレイ・バトン」


「そうだ。貴殿も、そうだろう、ストラウス殿よ!!」


「当然だ。しかし、情報が欲しい」


「む……ッ」


「マエス、もっと情報を得られないか?君なら、より多くの事実を見抜いてくれそうだ。いや、真実か……」


「そう。真実の視座を与える。それこそが、芸術家の役目だと言ったからな。もっと、真実を見つけ出してやろう……」


 マエスがその芸術家の指で、遺体を触り始める。切断された男の左足首に、白い指が近づいていく。


「何か、分かりそうかね?マエス……ダーン女史よ」


「……落ち着け。お前にも、いくつか分かっている情報があるだろう」


「私にも、か。血が、アタマに昇り過ぎていて、少しばかり冷静ではいられない……」


「残った方の足を見てもか?」


「……なに……?」


「素直に、感じたまま答えるといい。お前はな、ベテランの衛兵だ。長く、生きている。多くの者を見て来たな……『モロー』の近郊で見つかるエルフの男、その足にしては……」


 沈黙を使う。


 おそらく、マエスはその言葉の途絶によって、衛兵隊長の想像力と感覚を引き出そうとしているのだ。ベテラン衛兵の口は、やがて、マエスの魔法にかけられて動き始める。


「……綺麗な足だ」


「そうだな」


「綺麗とは、どういうことだ?」


 オレの言葉に、クレイ・バトンはうなずく。自分の言い放った言葉を、確認しているようだった。


「……奴隷が多いのだ。ストラウス殿は、嫌かもしれないが。『モロー』と、その周りの地域は亜人種の奴隷に支えられていたところが多い。労働力としても、商品としても。それは……彼らからすれば、痛ましい事実だろう。しかし、昔から、そうだったのだ」


「で?」


「……若い男の奴隷。しかも、俊敏なエルフの男だ。逃げられないように、足かせをつけられることも多くある。ときには……」


「腱を断つこともあるわけか。『自由』と力と、尊厳を奪う。支配のために。この犯人のように、身体の一部を破壊して奪う」


 『モロー』が残酷だというわけではない。大陸のあちこちが残酷だ。ヒトが奴隷にする所業など、おおよそパターンが決まっている。逃げ足の速い奴隷の腱を切ることも多い。踵を削ぎ落とすことだってある。多く、見て来た事実だ。


 保守的な男は、傲慢であるくせに、正義も否定できない。自分たちの残酷さを、認めたくもなければ、見たくもないだろうが……今このときは、その事実と対面せざるを得なかった。身勝手さはあるが、渋い顔で苦しむのは彼なりの良心の結果か。


「……そう。エルフの若い男、しかも奴隷であれば……足にそういった処置をすることも多い。だが、彼の足は、綺麗なんだよ」


「奴隷では、ない?」


「あるいは、より愛された人物であったのか……所有者に」


「手も見るがいい。肉体労働を、それほど多くしている指ではないな」


「指まで、綺麗と来たか。では、ますます肉体労働用の奴隷というわけではなさそうだ」


「ヴィートに訊くべきだな。アリサ・マクレーンは、彼をどこで『買った』んだろうか?」


「……彼女の、『愛玩用』の奴隷だったと言いたいんですか?」


「そうだ。それが、まず一番の可能性だろうよ」


「彼女は……成功した女優の一人です。奴隷は、それほど高くはありませんでした。しかも、『モロー』は、その取引の中心地です。『ツェベナ』に彼を連れてくることなんて、私が知る限り一度だってなかったですけど……でも、自宅の大きな屋敷に、彼を囲っていたとしても、おかしくはない。合法な、ことでした。その……当時は」


「今はマスターたち『プレイレス奪還軍』の勝利のおかげで、亜人種の地位は向上したからな。『奇跡の少女』の影響もあるだろうが……まあ、それはいい。彼の正体が、おおよそ見えて来る」


「……『アリサ・マクレーンの性奴隷』といったところか」


「『モロー』育ちの中年男らしい言い方だよ。でも、少し、アタマが硬いぞ、衛兵隊長」


「違うと言いたいのか?」


「『社会的な立場』はそうだったかもしれないが、アリサ・マクレーンからしたときの『真実』は、かなり違ったものだ」


「と、言うと?」


「『誇りに思っていた』のさ」


「……本物の愛情があった。だから、奴隷でなくなったとき、『見せびらかすように『カルロナ/高級な別荘地』へと連れて来た』わけだ」


「亜人種の奴隷に、『ツェベナ』の偉大な女優がかね!?」


「ありえるだろう?誰を愛するかなど、その者の自由なのだからな」


「しかし……ッ」


「衛兵隊長らしくはあるかもしれん。世の中に慣れ過ぎている。一般的には、なかなかありえないかもしれないが、現実として彼女が彼をここに連れて来なければ、高級な宿に泊まることもなかっただろう。彼は、奴隷としての『逃亡対策』をされていなかった……若いどころか、幼い頃から、彼女の『モロー』の自宅にいたのかもしれないな」


 エルフの男でも、ガキならば……逃げ足も知れている。なるほどな。彼女の家が、使用人としてこの男を使っていたのかもしれない。ずっと昔から。だが、使用人という感情だけでは、なかったわけだ。


「彼女は、結婚しなかったんだろう、ヴィート?」


「アリサ・マクレーンは、未婚です。美人だったのに、恋人とか、いなくて……芸に、生きるような方に見えていました……結婚は、していませんよ」


「想い人がいたからさ」


「……長く、亜人種と……」


「気分が悪いかもしれないが、その偏見も捨てるべきだ。正義を追求したいだろう」


「……っ!?」


「お前には、分かっている。大切なものがな。正義だ。この邪悪な罪を、許せない。政治的な信条だとか、文化がお前の心に刻み付けた価値観いおいて、お前が亜人種を蔑んでいようとも……お前は、この二人に同情している。邪悪な殺人鬼に、こんな殺され方をする命があっていいなどと、思えていないのだ」


「……それは……当然だ」


「そうだ。それこそが、当然のことだ。お前は、差別主義者を卒業するがいい。いいか?お前だって、彼らを並べて寝かせたやっただろう。理解している。愛し合っている者たちだと、ちゃんと本能で分かっているんだよ」




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