序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その23


「ゼファー、お疲れ様である」


『うん、『まーじぇ』も、おつかれさまー!』


 鼻先を撫でられながら、幸せそうに鼻の穴と瞳を細めていく。『マージェ』の指の香りを嗅ぐのは、いつだって竜の幸せなのさ。オレだって、ミアの黒髪の香りを嗅ぐのは、最高の楽しみで……。


「あのね!あのね!いい仕事、して来たの!!すごくいい鍛錬にもなったよ!!」


「そうみたいだな」


 満足げな笑みは、多くを伝えてくれる。肌も興奮していて熱いしね。黒真珠みたいな瞳も星の輝きが宿っているみたいにキラキラしていた。


「火事場泥棒している海賊さんたちの船をね、四つも沈めたんだ。こっちは無傷!それに、向こうも死者はあんまり出してない」


「それでいい。連中も、帝国軍がいない空白を狙っているだけのことだ。船を潰せば、大した悪さは出来なくなる」


 軍事力の空白は、欲深い者を罪に走らせがちだ。しかし、そいつらも環境に応じての子悪党で、大した思想を持っているわけではない。手段を奪ってやれば、それだけで大人しくなる。


「母船を沈めたけどね、ボートはちゃんと残したよ。浅瀬でも狙ったから、そんなに死なない」


「海に慣れている荒くれ者ばかりだろうからな。良い仕事だ」


『うん。とっても、いいたんれんになったよー。うみでもね、たくさんおよいだー。てきにみつからないよーに!あれはね、るるーしろあたいさくにもなった!!』


「そうそう!ルルーの泳ぎ方もね、模倣したんだー。ゼファーも、ほとんど完璧に覚えたよ。私たち、ルルーの動きを今まで以上に理解できた気がする……今日戦えば、このあいだまでのルルーに、私は勝てると思う!……でも」


「ああ。ルルーシロアも、強くなっているぞ。ミアとの連携で、多くを学んだ」


 竜の成長速度は常軌を逸している。ミアが使った竜騎士の技巧も、あの白く賢い『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』は理解した。こちらの手の内を、思考だけで多く読み解いている。定期的な衝突と接触を繰り返すことで、オレたちは互いに強くなれるわけだ。


 いいライバル関係というわけさ。ルルーシロアからも、多くを学ばせてもらえる。


『……でも、つぎは、ぼくも、みあも、あいつに、かーつ!!』


「その意気だぞ、さすがは私のゼファーだ!!しかし……お前たち、海水につかったのか」


『うん!』


「うん」


「海の香りがするぜ」


「でしょー。えへへ。装備はね、ちゃんと整備したから、錆びないよ!」


「でも、お風呂に入るべきですね、ミア」


「そうっすね。ゼファーちゃんは……」


『あめに、うたれたら、かいすいはながれるとおもうの!それに、おなかのほうは、さっきのできれいにしから!!』


 そのための湖への着水だったわけだ。なかなかに賢い選択だったわけさ。


「うむ。ならば、しばらく雨のシャワーだな。飛び疲れているであろう。翼の熱をしっかりと冷ますのだぞ」


『らじゃー。しばらく、ここでごろごろしてるねー』


「あとで、厩舎に自分が案内してあげるっすよ。ここの厩舎は、馬車が何台もしまえるほど大きいっすから。ゼファーちゃんも雨に打たれずに眠れるっす」


『うーん。ぼくはあめにうたれるのもいいけど……』


 竜は屋外の方を好む。広々とした空間であるほどに、自分の縄張りが広がる感覚が楽しいのだろう。空を見上げられる場所を、本能的に好みもする。穴のなかが好きなのは、もっと仔竜の頃の本能だ。


 しかし。


 この雨では、一つ問題があるんでね。


「鎧が、錆びやすくなっちゃいますよー」


『そ、そうだね!ぼく、きゅーしゃで、ねるー!!』


 ゼファーも鎧を大切にしている。高級だから、ではないよ。自分の愛すべき商売道具であるし、カッコいいから気に入っているのさ。猟兵らしい判断だ。自分の装備を大切に思う。


 装備というものを大切にすることは、成長にもつながるんだぜ。道具っていうだけじゃない。道具に込められた意味も学べる。どこが弱いのか、どこが強いのか。どう扱うことが理想的で、どう扱ってはいけないのか。それらを学ぶほどに、戦士は強くなれる。


 だからこそ、職人が作ってくれた装備は大切に扱わなければならない。敬意を損ねた態度では、ものの本当の価値を見ることは出来んからな。


「では、このまま皆で雨に打たれていてもしょうがない。ミアも含め、私たち猟兵女子チームは風呂に入るとしよう!食事は、そのあとだ!」


「ここのお風呂は大きいっすからね!みんなで入れるっすよ!」


「そうか」


「ソルジェさん……」


「ああ。分かっているよ。大人の部は、また深夜にでもいいさ」


 猟兵女子たちだけで、可愛い入浴時間を過ごして欲しいね。いいのさ。夜は、まだまだ長いから。のんびりと体も心も休ませて、愛だって楽しめると思うよ。


 オレは、ガンダラやジャンと一緒に何かしら楽しんでおこうか。


 猟兵女子たちが屋敷へと向かうなか、シャイな距離感で雨のなかに立つジャンを呼んだ。


「行くぞ、ジャン」


「は、はい!報告も、しなくちゃ、ですしね!」


「まあ、それもあるが。基本的には休暇だ。体を休めること……そして」


「そ、そして?」


「パール・カーンにも手紙を出しておけよ」


「え、え、ええ、ええっと!?こ、公私混同に、な、なりませんかねっ!?」


「『呪法大虎』との連絡係なんだぜ。しっかりと連携をしなくちゃならないし、オレたちが仲良くなければ、『ハイランド』と『自由同盟』の仲も悪くなるかもしれん。仲良くすることも、『仕事』だぜ」


 『仕事』にかこつけて、あの二人の恋愛も応援したいのさ。ジャンは、マジメ過ぎるからな。少しでも、周りがやれる後押しがあるのなら、してやるべきだよ。おせっかい?上等だ。シャイな男が結婚できるのならば、何だって上司はしてやるべきだろ。


 まあ、笑えないビジネス的な理由もあるがね。『ハイランド』も内部対立が激しい組織じゃある。ジャンとパールが仲良くなることも、本気で『自由同盟』のために直結した。我々は、古くからの貴族の政策と同じく、結婚という手段も政治利用したいという本音がある。


 愛も使うのさ。世界を、変えちまうために。




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