序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その21


「すごいっす!正解したんすね!?」


「さすがは、ソルジェさん」


「魔眼を、使ったのか?」


「違うさ。ミスターは、そんな小細工を使っちゃいない。そうだろう?」


「ああ。まあ、な。自分でも、ただの勘に近いような気がするが……」


「勘だけでもない。知覚したのだ」


「む、難しいっすね」


「ええ。私も分かりません」


「ロロカ姉さまにも!?……なら、かなり特殊なアレなのだな」


「ああ。『とんでもない芸術家』の仲間になったのだ、諸君らのオトコは!日々が、楽しくなるぞ!!」


 この感覚が、日々を楽しくさせるのかはピンと来ない。しかし、貴重な感覚ではある。


「少し、説明してくれるか、マエス。オレにも、よく把握できていない。使い方のコツがあるのなら、教えておいてくれ。真似してみる」


「素直なままに感じ取ればいい。ミスターは、しただろう?意図的にか、無意識的に。何か一つに思考を集中させるのではなく、全てに広げ、あらゆることから感じ取ろうとしたはずだ」


「集中せずに、広く、視野を使う?」


「おおむね、正解。及第点だ。で。お前は感じ取った。私が『主流派ではない』、『気が強く誰にも従わない』、『真実が好きで、利益や権威にさほど興味がない』……『放浪派』に言及したことにも、そもそも私のテクニックが『ドワーフのように鋼と語らう才に似ている』ことも、感じ取り、思考ではなく感覚で結びつけて、探り当てた」


「師匠から、多くを学ぶ者だからな」


「そう。親代わりだ。私はいわゆる孤児でな。盗みばかりして生き抜いていたが、あるとき捕まった。あまりに幼かったため、処刑ではなく教育で救えるのではないかと、街の議員は考えてね。何か得意なことはないかと、私に色々とさせた」


「絵が得意か」


「絵だけでなく、あらゆる芸術的な行いがだ。とくに、視覚芸術。私は、絵と彫刻に非凡な才が『最初からあった』。そこらの凡愚な芸術家が届かないレベルに、最初から。それゆえ、議員は喜んだがね。でも、マトモな芸術家は、私を恐れた。アトリエに置けば、どうなる?技巧の全てを三日で盗み、四日目からは幼い私が師匠の上に君臨する。芸術は、武術と同じ。強さがある。評価は捻じ曲げられるが、真実からは芸術家は逃げられん」


「言っていることが、ちょっと、わからないっす……」


「う、うむ。何だか難しいカンジであるな……っ」


「ソルジェさんにお任せしましょう」


 芸術家の相手は、オレが務めることになったらしい。『魔法の目玉』友達の一人だから、しょうがない……ヨメさんたちは、マエスが描いた絵を鑑賞し始めた。ジャンのもだし、カミラのも、おそらくリエルのも―――。


「―――で、だ。凡庸な芸術家どもでは、私の才能に恐れをなして逃げる。私がそばにいれば、自らの非凡さを思い知らされて、中海の神話に出て来る嫉妬者ハビエンのように私を殺すか、自殺するほかない。その程度には、どいつも芸術に命を捧げてはいるのだ」


「そうならなくて、良かったな。『放浪派』の、つまり、亜人種の芸術家に議員は君のことを預けたわけだ。普通の連中に預けては、君の命も危ないし……そもそも、受け入れられてはもらえなかった。才能の高さゆえに」


「正解。そう。あのまま街にいれば、殺されたかもしれん。議員という職業人どもは、よくヒトを見てはいるものだよ。ナイス判断だ。あのときの私は、貧しく、寄る辺のない孤児で、窃盗犯だ。殺したい者は多い」


 厄介者だ。世界のどこでも、ヒトは弱者を嫌う。孤児も、貧乏人も、孤独である者も。弱さに罰を与えたがる者も多い。それが、世の中の目指すべき形だとは誰も思わないだろう。理想的ではない、しかし、現実的にはそんなものだ。


 危険で不衛生な沼地にしか、居場所がなかった罪なき孤児たち……コンラッドたちも、そうだ。何も悪いことはしていない。前向きに正しく生きようとさえしていた。しかし、弱者だから、あそこにいた。手助けしてやれるほどには豊かな農家も、近くにいた。気のやさしい男でもあったが、オレやククリたちが行かなければ、あそこで野垂れ死ぬ運命だった。


「学ばせてくれたよ。この世界には、『ステイタス』というものがある。力の上下関係だ。それは、ヒトの行いをほとんど自動的に支配している……序列のなかにいれば、ヒトは安心を得るし、それからどんな形であれ逸脱すれば恐怖を覚える。『弱者でなければならない者』が、『強者であるはずの者たち』を凌駕することを、多くの者は、嫌うんだ。ときに、期待する者もいるがね。あくまで、奇特な少数だよ」


「……その生い立ちが、君の強さや傲慢さ、反骨心の始まりだったわけかい」


「そう。議員が紹介してくれた、『ハーフ・ドワーフ』の老芸術家と一緒に、各地を旅して、多くを見て来た。良い目で、それを成すと、だ。ヒトがどういう生い立ちなのかも、瞬間的に把握するようになれる。師もそうだ。私もそうだ。お前も、そうだ」


「かもしれん」


「その自覚を持て。そうすれば、また一つ、私の技巧に近づける」


「……心がけよう」


「知りたいときは、感覚を広げるんだ。己の身体から、出せ。そうすれば、より良く世界を把握できる。素直に、広げて、偏見も思考もなく、正しく把握するようにしろ。それがやれたら、集中を使う。精密に知りたい点に合わせて、探り、深く理解すればいい。それが、コツだ」


「……こんな、感じか」


 『感覚を身体から、出してみる』。己という境界を越えるように、伸ばすようにするんだよ。世界が、静かに、希薄となるが……それで、理解が失われた気もしない。普段よりも、ずっと遠くまで認識が及ぶような……上手く、言葉にも出来ないが、おそらくマエスの技巧に近づけていた。


「それでいい。ときおり、そのエクササイズをしておけ。そうすれば、すぐに、マスターできる。才能があるとは、そういうことだ。で。『ハーフ・ドワーフ』の師から、私もこうやって、多くを学んだ。技巧も、知識も……」


「魔法の目玉も」


「そうだ。ドワーフが鋼と語り合える。あの感覚を『ハーフ・ドワーフ』である師もやれた。もちろん、私は欲しがったが、ドワーフでない私にその感覚はない。だが、師は、私にこうも教えたのだ。ドワーフの血に頼らなくても、それ以上をやれると。ヒトそのものの感覚を研ぎ澄まし、ありのままに世界を受け止めろと」


 ドワーフは鋼と語り合える感覚を持つ。あれが、あるから。一種の『瞳術』も発達するのだろう。盲目になることで『魔法の目玉』を得たドワーフ族もいるわけだからね。オレに『トラッカー/呪い追い』を伝授してくれたのもハーベイ・ドワーフ族の最後の戦士。ドワーフの感覚があると、世界をまた違った見方をしやすいのかもしれん。


 そして。


 ハーベイ・ドワーフ族の技巧を、オレが覚えられたように。マエスも師が持っていた能力を継承した。


「いい旅だったよ。おかげで、本物の芸術家になれた。未練の少ない旅だ。まあ、師があと十年、長生きしてくれたら本当に良かったんだが……酒は、寿命を損ねる。しかし、力は、私が受け継いだ。名字もな!」


「優れた芸術家、ダーンの一族に乾杯」


「ああ。嬉しいよ」


 空になったコップと瓶をぶつけ合う。


「……この知覚のコツは、多くを考えずに感じ取ることだ。酒の香りからでも、貧しさや破滅的な傾向、そして、度数からは孤独や怒りや憤りだって嗅ぎ取れる。自虐的な行いに、戒めと強さへの誓いだって見えるだろう。まあ、言わなくても分かるか」


「そういう人生だったよ」


「それでいい。感じ取れ。感じ取れば、ヒトは勝手に共感し、想像する。それを手がかりにして、知識や経験を使ってみればいい。より多くを、それで悟れる……さて……疲れたから、明日まで、寝る。レクチャーもビジネスも、起きてからだ……雨も降るが……まあ、いいや。今日は、天井があるところだからな、師よ…………」


 そのまま、ソファーに向かうとマエスはそこに寝転がった。


「か、変わった方ですね……」


 ジャンは近くにあった毛布を、その偉大な芸術家にかけてやっていたよ。


「ああ。変わっている。だが、素晴らしい芸術家だ」




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