序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その11
混乱する現場ではあったが、ヒトはどんな状況にもやがて慣れてしまえる動物だった。爆笑していたリサ・ステイシーは、やがて面倒見の良さを発揮したよ。彼女による的確な状況整理のおかげで、ロバートとクロエは納得を手にする。
「……つまり、君が妹の恋人なんだね。そうか、エルフなんだ。うん。ほんと……奇遇って言うか、お義兄さんもですかって、なっちゃうよねえ……っ」
「ですです。なっちゃいますよね、お義兄さん!!」
「お義兄さん呼びは、ちょっと心の整理が追いつかないんだが……」
「いいじゃないですか!!慣れですよ、こういうのって!!早く慣れてしまいましょうよ、お義兄さん!!ああ、そうだ、オレの名前はカイ・レブラートです!!あいつとは……じゃなくて、お義兄さんの妹さまとは、大学の授業で一緒になって、共に遊んで……じゃなくて、勉学を極めんとマジメかつ節度のある学生生活を送っているうちに、愛が自然に芽生えたんです!!純愛です、肉欲とかじゃなく!!」
饒舌さを取り戻した社交家は、言わない方が好印象になりそうな単語さえも混ぜながらの長いセリフを吐いていた。用意していた情報を雨あられと浴びせてしまっている。普段のカイならば、もっと冷静な言葉選びをしただろうが、やはり緊張は抜け切れていない。
いいさ。
楽しめるし、誰も傷つくことにはならないからね。当事者の三人は混乱しているが、それ以外の誰から見てもこの状況は好ましいものさ。
「わ、わかったよ。カイ……くん」
「呼び捨てで、一向にかまいません!!!お義兄さん!!!」
「いや、その。距離を取りたいわけじゃない。君は、ちょっと勢いと圧がすごいけど、いい子みたいだからね」
「ありがとうございます!!レフォード大学でも、寮長の一人を勤めさせていただいております!!マジメで誠実なんです!!!」
「自己主張が強いエルフねえ……」
「ああ、お義姉さんにもあいさつしなくちゃ!!」
「ちょ、お義姉さんって……っ」
「照れるなよ、クロエ。そいつは今日からお前の『家族』なんだぜ」
「そ、そうかもだけど……っ」
「そうです、お義姉さん!!末永くお義兄さんとお幸せに!!そして、オレたちの間も取り持ってください!!」
「ちょっと、図々しい子なんだ……」
「悪気はないんだ。普段のカイは、もう少し落ち着いている」
「でしょうね。こんな勢いのままだと、疲れちゃってしょうがないわ」
「ですって、カイ・レブラートさん。沈黙も使う。弁論術の奥義ですね」
「あ、ああ。でも、やっぱり、伝えときたいじゃないか?」
「大丈夫。伝わったよ。妹のことを、大切にしてくれているんだ。だから、いきなりこんなところに現れた……ああ、怒っちゃいない。嬉しいだけさ。その……こっちのプロポーズも成功したわけで……嬉しい、からね」
「ありがとうございます!!その勢いに便乗するってワケじゃないんですが、妹さんをオレに下さい、お義兄さん!!」
勢いに便乗した気はするが、愛情は確かなものさ。戦場でも叫びまくっていたからな。ロバートの妹と結婚すると。日常でも、極限状態でも、ブレない信念がある。
「さあ、お義姉さんも、援護射撃を!!」
「……あ、あつかましい子ね」
「レブラート家の御曹司さんですから、ちょっと図々しく育ってしまったんですよお」
「レブラート家……ああ、海運で有名な……って、大金持ちなのね?」
「はい!!大金持ちなんです!!だから、お義兄さん、妹さまを全力で幸せに出来ると思うんです、若いオレでも!!もちろん、金だけじゃなくて……たとえ、金が無かったとしても、全力であいつの人生を、幸せにしてやりたい……っ。エルフでも、人間族の女の子を、幸せに、出来ますから!!」
「うん。それは、信じているよ。私も、立場が真逆だけど、同じだから」
「そうね。私は貧乏人のエルフだけど」
「ボクが言うのもなんですが、お金じゃなくて愛ですよ!!」
「お金も大切だわ」
「確かに!!」
「何でも、肯定しちゃう子ねえ」
「親族一同に、認めてもらいたいんです!!」
「はいはい。認めてあげるよ、義弟くん。経済的に頼りになる弟は、いくらでも欲しいからね。役者の、つ、妻になるって、不安定そうで、大変そうだしね」
「それでも迷わないのが、愛の強さだな」
「ちょ……っ。さ、サー・ストラウス、からかわないでよ」
「うふふ。素晴らしい一族が形成できそうですねえ。我々、『ツイスト大学』も、応援しますよ、四人の新婚生活を!……ほんと、『ツェベナ』とレブラート家に縁が出来てありがたいわ。学生たちの就職先を確保しやすくなるものね!」
計算高い笑顔を見せる赤毛のケットシーがいた。赤毛のケットシーの女性には、そういう人物が多いのかもしれない。どこかの女マフィアも、誰かをからかうのが好きだしね。そのくせ、面倒見は良いと来ている。
「……いや。あんたは、部外者っぽいけどね」
「とんでもない。ストラウス卿と『ツイスト大学』のパイプ役ですし、カイさんとは親友のような立場ですからね!」
「え、親友……?」
「で・す・よ・ね!じゃないと、仕事中にさんざん愚痴を聞いてあげたり、仕事が終わったこの時間に、あなたの援護のために、ここまで来たりしないですからね!!」
「は、はいっ。仕事仲間として、尊敬できる年上の友人として、非常にお世話になっております!」
「うふふ。そういうことなんです。いやあ、素晴らしいですよね。『ツェベナ』と『ツイスト大学』と『レブラート家』と、ストラウス卿の『ストラウス商会』。みんなで、支え合って行きましょう。一つのチームです!」
フラビア・ステイシーに報告したら、後から今日の態度をしかられそうだな。もちろん、オレは告げ口なんてしないがね。リサにとっては、これも仕事の一環じゃあるんだ。組織や人材をつなぐことで、『ツイスト大学』の学生たちの人生に選択肢を与えられもするのだから。
ただ、明らかに面白がっているところもありはするが……オレは楽しめているから、問題にはしないよ。
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