序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その5


 強くならなければ、何も守れない。それは今までもこれからも同じことだ。ユアンダートを討つ。ファリス帝国を滅ぼす。その目標が達成される瞬間まで、強くなり続けなくてはならん。


「……総大将は、やっぱり、賢いよね」


「そう感じるとすれば、間違いだ。『強い』だけだぞ、オレはな」


「……ああ。何か、その言葉には、納得できちゃったよ。ちょっと、賢さというのとは、違うのかもしれないよね」


「戦士に過ぎんところはある。賢くはなりたがっているが、たどり着く場所は賢者のそれとは大きく異なるものだ。平和は、オレでは創りにくい。だからこそ、役割分担だ」


「オレたちが、平和を創れってことかな」


「賢いじゃないか、エリート。そうだ。ストラウスの剣鬼だけでは、正しいことの全てはやれんのだよ。抜き身の鋼だけでは、危なっかしくて困ったもんさ。だから、がんばれ。より偉大な男に成長してくれ、カイ・レブラート」


「……ん。期待には、応えるよ。オレ自身のためだし、カノジョのためでもあるし。でも、さ」


「はあ。また、弱音ですかー……」


「これだから、ヘタレ野郎は」


「ちが!……その、弱音じゃない。何ていうか、達成感だよ」


「え。嘘でしょ。まだ、お義兄さんとやらにもお会いしていないのに……?」


 リサ・ステイシーがドン引きしている。青年は、慌てて首を振ったな。横に。


「違うって、そういう意味じゃない!ここを、歩けてるってことだよ!!」


「あ、ああ。そっちの方ですか」


「そうだって。オレも、腹は決まっている。こう見えても、もう、決まってるんだよ。カノジョのお義兄さんのことは、任せろ。キメてみせる」


「当然だ」


「当たり前ですよね。私はともかく、ストラウス卿まで巻き込んでいるんですよ?……ほんと、ドン引き案件過ぎるわ……」


「……リサさん、オレ、そんなに迷惑かけちゃったかな?」


「教えてやろう、エリート。欠点というのは、自分では見えない。周りの者の態度から察して、しっかりと自己反省をしていけ」


「先生みたいなことを言う……」


「つまり、お前には必要なことなんだよ。でなければ、オトナは言わん」


 エリート特有の欠点ではある。何でもやれる。器用に、あらゆることが人並み以上さ。だからこそ、自分を省みる時間が足りなくなる。


「……そうかもね。でも。オレたち、スゴイことしたよな」


「ええ。それは、そうですね。この場所を、亜人種である私たちが自由に歩けているなんてこと、一週間前までは考えられなかった」


「総大将の言う通り、本当に世界は変わっちまったんだな。オレたち、全員の力で」


「そうだ。オレたち全員が、この結果を作っている」


「……嬉しいぜ。今までは、この道を亜人種が自由に歩くためには、『十大大学』の研究者だとか、商いのためだとか、何かしらの理由が必要だった。今は……ただのプライベートだ。見ろよ、復興のためにやって来てくれた職人にも、亜人種がいるんだぜ。下っ端じゃなくて、ベテランの職人……マイスターがな!……あはは、スゲーこと、やっちまってる」


 調子に乗っているようにも見えるが、調子に乗るだけのことはしてみせた。カイ・レブラートが、自己反省のやや足りない男に育った理由には、この『調子に乗れる才能』に歴代の教師たちが魅力を覚えたからかもしれん。


 カイは、調子づいている方が良い動きをする。背筋も伸びた。胸を張っている。呼吸も落ち着いているな。思い悩むことに向いていない。だから、教師たちは釘を刺しつつも、この性格を完全に修正することはしなかったのだろう。


「世界を変えられるんだから、お義兄さんにあいさつぐらい、やれるよな!」


「比較が、アホみたいですけど……」


 カッコつけた言葉にうんざりしてしまうほどのやり取りが、二人の学問の徒のあいだでは行われていたらしい。


「笑うなよ、総大将。あんた、そういう意地悪なところが目立つぜ」


「ああ。すまないな。面白かったから、つい」


「いいさ。いいよ。覚悟できたし。お義兄さんが、もしも……ガチガチの差別主義者でさ、オレが妹と付き合っているエルフだなんて知ったら、秒で殴りかかって来たとしても。総大将に仲裁してもらう!」


「うわ、ダサい!他力本願じゃないですか……っ」


「い、いや。いいじゃないか。それぐらい。オレたち、仲間じゃん!だよね、総大将?」


「差別主義者には、反対だぜ。エルフと人間族のカップルにケンカ売るヤツは、オレも許せん。うちだって、そうなんだぜ」


「だよね。特殊な四人夫婦だけど、エルフと人間族の組み合わせもある。よし、頼ろう!自信が湧いて来たぜ!!」


「……若い男の子って、こんなのばかりなのかしら」


「年上の男性も、良いもんだよ」


「……かもです。さてと、そろそろ、到着しちゃいますね」


「ん……ここは?」


「『ツェベナ』の大劇場さ!!超一流の芸術家しか入れない、『プレイレス』芸術の至宝!!まあ、厳格な……差別的なところもあって、人間族しか入団出来ないんだけど。観客として、亜人種が入るときは、通常金額の4倍だ!!……って、ところでもあるんだよ。だから、ここのアーティストがお義兄さんだとしたら、怖気づいてしまっても、しょうがないよね、エルフのオレが?」


「下らん。堂々と行け」


「ですね。もう、世界は変わったわけですから。示してください、ご自分で」


「お、おう。そうだね。通常料金で、今回は、入ろうと思う……っ!オレは、やるぞ、愛のために……っ!!」




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