序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その3
やはり、有能な男は追い詰めてみるべきだ。すぐに、正しいことを選ぶ。
「何だよ、その意地悪なカンジの笑み……」
「気にし過ぎだ。被害妄想が走り過ぎているぞ。失敗など恐れるから、そんな後ろ向きになってしまうんだ。そうだよな、リサ?」
「はい。そうだと思いますね。カイさんは、少し考え過ぎているように思いますよ」
「リサさんは、独身だから―――」
「―――独身ですけど、何か?」
いつもなら、地雷は踏まないタイプの男だと思うんだがね。今日は、本当に冴えない。
「な、何でも、ありません」
「だ、そうです。ストラウス卿、行きましょう。ほら、カイ・レブラート。ついて来なさい」
「い、いや。その、オレが、案内するよ……彼女から、ちゃんと、お義兄さんの勤め先を聞いているんだからさ」
「……知ってますけどね、私も。あれだけ、聞かされたら……はあ」
あの会議の時間の裏側で、リサは多くの愚痴を浴びたらしい。猫耳がストレスでピクピクと動いている。ミアだったら、カイの鼻に打撃を加えている頃だろう。優れた文明と、賢い知性に感謝すべきだったな。
「ついて来てくれ。二人とも」
「おお、その意気だ。進め、ヘタレ野郎」
「ヘタレじゃないって!?フツーの、一般的な、緊張なんだからな、これは!!」
「はいはい。ほら、行け」
「お、おう……ふう……っ」
ドアを開ける。ここは市庁舎の一角なので、そいつを開いても義兄となる予定の人間族の男はいないはずなんだがね。重々しい所作を使い、軽いドアを押して開いて廊下に出た。夏の夕日が差し込む、素敵な廊下だよ。海からの涼しい風と、カモメの歌が開かれた窓から入ってくれている。
いい午後だ。
というのに、青年の背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。
「……行くぞ、二人、とも……っ」
「戦場にでも行くかのごとしだ」
「意気地なしに見えますよね」
気配りの出来る有能なリサ・ステイシーも、いい加減、愛想をつかしそうだ。それは、良くない傾向なんだがね。この二人は、オレの仕事にとっても欠かすことの出来ないパートナーなんだから。
『十大大学』との縁があれば、仕事はしやすくなる。『プレイレス』において、『十大大学』は一種の聖域でもあった。人種差別のない、ステキな土地でもあったし、野蛮で欲深な海賊どもでさえ襲撃を躊躇うほどの敬意を捧げられていた存在だ。
……『自由同盟』の軍勢は、他国の軍だ。その事実を払拭することは、どうしたってやれはしない。この土地の人々からすれば、帝国と同質な『侵略者』、あるいは『外敵』を感じさせる事実を、我々は持っているわけだ。
橋渡しをしれくれる協力者がいなければ、『プレイレス』の各都市国家の極右勢力どもが荒げた行動を取るかもしれない。それは、本能的な行いである。他国の軍勢を領地のなかに許容するなど、狂気の沙汰だからな。たとえ、同盟の間柄であったとしても、異常な行いである。
この異常な状況を、納得させるには政治的な力がどうしても要るんだよ。それを、オレたちは『十大大学』にしてもらっているわけだ。
ということで。
カイ・レブラートの恋愛事情に付き合うのも、一種の仕事のうちと言える。友情から来ている部分が大半なのは間違いないが、良好な関係性を維持するためには、こういう努力だって必要となる。
仕事ってのも、人間関係が大切だからね。
呼吸や、足並みを合わせて、海からの夕日が差し込む街並みを歩くというのも良いものさ。同じ時間を、過ごすことで、ヒトってのは仲良くなれる。停滞した、さっきの悲惨な密室とは異なり、今は状況が改善に向かって進んでいるからな。リサの気持ちも楽になるだろう。
オレも、街並みの視察も兼ねられて、良いことだ。
「……はあ、はあ……はあ、はあ……落ち着け、落ち着け、オレは、エリート……。実家も金持ち……っ」
呼吸を荒げている悩める背中から視線を外し、レヴェータと『エルトジャネハ』が暴れたせいで壊された『モロー』の街並みを見渡した。商人や華やかな服装した帝国人たちはいなくなり、今は職人たちが復興作業に汗を流している。
「皆、働き者だな」
「はい。この『モロー』は……亜人種からすれば、恐怖の存在もありはしましたが、やはり芸術の面では秀でた場所。職人たちの憧れでもありますからねっ!」
「夕方まで働いているというのに、あんな機嫌の良さそうな石工たちの顔は、なかなかお目にかかれないな。それほど、彼らも……この古く美しい街並みを愛してくれているわけだ」
良いことだ。
復興は、あの議会で予想された期日よりも、はるかに早く成し遂げられるかもしれない。
「モチベーションというものは、大きいものだよ。好きなことをするとき、ヒトってのは思わぬ力を出せるものだ」
「ですって!……というわけなので、がんばりましょうねー、カイ・レブラート」
「あの、なんか、そ、その、距離、広がっていませんかね、リサさん……っ」
「そうかしら?」
「仲良くしろよ、オトナなんだからな」
「お、おう」
「リサも、悪かったな。このヘタレの愚痴に付き合ってもらって。でも、助かったよ。君がいれば、色々、知的なコトを訊けそうだから」
「何か、気になっていることがあれば、どんどん、ご質問くださいね!おばあちゃんからも……じゃなくて、フラビア学長からも、ストラウス卿のサポートを全力で務めるように言いつけられていますので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます