序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その2


「さて、言うがいい」


「……うわ、上から過ぎない?若者って、そういう態度に委縮するかもしれないとか、考えるべきじゃないかな?」


「育ちのいい挫折知らずのエリート・エルフには、これぐらいの態度で応じるので丁度良いだろうよ」


「オレを、何だと思っているのさ?」


「大商人のせがれで、『十大大学』の自警団をまとめ上げて『プレイレス奪還軍』を創設した男の一人。『第九師団』からこの土地を奪い返した、いわば戦争の英雄だな。超をつけていいエリートだ」


「まったくもって、その通り……なんだけどさ」


「否定せんところに、可愛げが足りないな」


「ごめんね。自信家なんだよ、落ち込んでいたとしても、だって、オレ、有能だよね?」


「嫌味なまでに有能ではある」


 それを若い女性にしつこく確認していると、嫌がられることも多々あるだろうよ。リサの顔を見れば分かる。本来ならば、カイも自力で気が付けるのだろうがね。社交術の達人だ。大商人の息子で、名門大学で弁論術も学び、若くして組織を作れるリーダーシップがあり、婚約者までもいる。恋愛だってやれるんだぜ?


 どう評価してもコミュニケーション能力は、死ぬほど高い。


 それなのに……今日は、まったくもって冴えんと来ている。それほど、余裕はないのかもしれない。


「何が、そんなに怖いんだ?」


「……総大将は、どうだったんだよ?」


「はあ?」


「いや、オレと同じような経験があるはずじゃないか?」


「そんなに悩んだ経験など、思いつかんな」


「忘れたの?……ほら、そこのロロカさん」


「ん。ロロカが、どうした?」


「ロロカさんを奥さんにする時、下さいって父親に言いに行ったんじゃないの?」


「行ってないな」


「はあ!?なにそれ、え、何で!!?」


「本人同士の愛情があることが、それより優先されるだろ」


「そうですよ。まあ、ソルジェさんの場合は、父に一目で認められていましたので、別に問題はありませんからねー」


「そんな、北方の人々の、結婚観……ずるい」


「ずるくはない。愛があれば、作法など。時には超越する。オレだって、機会があればいつでも行くぞ?」


「怖くないの?」


「当然だ。義理の父親と酒を酌み交わすのも楽しい時間だろう」


「…………いや、違う」


 よく分からんが否定されたらしい。傷つくことはないけれどね。既婚者の余裕か、北方野蛮人の変な結婚観とやらのおかげかは知らん。


「ストラウスさん家の四人夫婦はいつだって円満だもんな、ロロカ?」


「はい、そうですよ、カイくん」


「……違うよ。あんたたちは、四人夫婦とか言っている時点で、なんかもう、ハチャメチャじゃないか。オレたちの結婚観と、かなり、違い過ぎる……っ」


「人生はそれぞれ違う。愛の価値観もな。お前なりに、やればいいだけだろう」


「そう、なんだけどさ。ああ、もう……分かってくれる方、いないのかな?繊細な青年の悩み事を……っ。婚約者の唯一の肉親であるお義兄さんに会いに行くんだぞ?父親であり兄でもあり、なんかもう家族の化身であり、それはもはや千年の城塞であり……」


「こじらせているな」


「はい、こじらせ過ぎですね。でも、見ていて可愛らしいですよ。うふふ」


 ロロカ先生は口ではそう言うものの、大してこの青年に興味はない。興味があるのは、テーブルの上に置かれた腰の入った槍の突きでも十分に受け止めそうな本どもの方だ。ニコニコしながら、恐ろしい速度でページをめくっている……。


「見てないもん。本に夢中じゃないか?」


「ロロカも疲れているのさ」


「オレだって、葛藤に、苦しんでいるよ。先生からの書簡とか、総大将への本だとか、あとは親父の仕事先関係との連絡とか、『ストラウス商会』との橋渡しとか交渉役とかも……多忙なんだぜ?信じられるか?『プレイレス』の歴史を変えた戦いの日々より、今の方が忙しいのに……お義兄さんに会いにいかなくちゃならない」


「大丈夫だ。それだけ働き者の男を拒む義兄はいないだろうよ」


「大丈夫、かな。その……あの…………」


「命がけの状況になれば、お前は愛を叫べる。戦場であれだけ言っていたことだ。追い詰められれば、言える。さあ、行くぞ」


「……行く?え?……なに、どういうこと?」


「ロロカ、ガンダラ。また後でな」


「はい。行ってらっしゃい、ソルジェさん」


「団長、あまり長居はせぬように。予定は、まだありますからな」


「おう。休憩していてくれ」


「ええ。さて、私も……この興味深い歴史学の本を読むとしましょう」


 あの分厚い本を読むことを『休憩』と呼べる人々が、うちの猟兵で良かった。ガルーナの野蛮人のアホな脳みその代わりに、知的な仕事をどんどんしてくれて助かる。


「……行く、気に……なっている……はあ、はあ。お、オレ、まだ、決心が、つ、ついてないのに……っ?」


 目玉をひん剥きながら、荒い呼吸となったエリート学生がいる。無理やり腕を引っ張って進もうとすれば、駄々をこねるかもしれんな。それは、会議で疲れたオトナのお兄さんを苛つかせ、つい暴力を立寄せるかもしないぜ。


 ……お目付け役が、いるかもな。オレの突発的な衝動を抑止してくれる聡明さが。


「……リサ、来てくれるか?」


「え?……そう、ですね。多少のケアも、した方がいいような気もしますから」


「優秀な女性がケアしてくれるのならば、実に頼りになる。野郎からのアドバイスだけでなく、女性からのアドバイスもあった方がいいだろう。とくに、ストラウスさん家の四人夫婦は若者の求婚の参考にはならないらしいから」


「です、ね!」


 笑顔で肯定された。冗談のつもりでもあったのだが、『プレイレス』の人々からは四人夫婦に対する偏見を感じる。まあ、別にいいけどね。


「ということだ。鬼に金棒となっている。野蛮人と学者がお前のサポートだ。さあ、スーパー・エリート・エルフ。種族の垣根なんて、越えて、義兄にあいさつに行け。どうせ、お前は婚約者以外に、見えちゃいないんだから」


「……っ」


「やることは、一つだな。どうせ、勝てる試合だ。行くぞ、カイ・レブラート。三秒やるから立て、立たなかったら、縄で縛って連行する。どちらがいいんだ?選べ……三秒経ったぞ」


「た、立つよ!!立つってば!!縄で縛られて、お義兄さんにあいさつとか、ヘンテコすぎるだろ!?」




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