『元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚)』第十二章『罪科の獣ギルガレア』

よしふみ

序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その1

第十二章    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』




序章    『雨音は湖畔の屋敷に響く』




 ……結局、『モロー』の議員たちとは日が傾くまで会議をさせられた。議題は多いからな。軍事的なものから、経済的なものまで。何から何まで、すべきことが山積みではあった。帝国に奪われていた統治の機能を再び動かすためには、新しい組織を作り直す必要もあるのだから。


 ラフォー・ドリューズが事実上の市長となり、追放されていた議員たちをかつての地位に戻しはした。しかし、それで終わりというほど単調な状況ではない。『モロー』は大きく疲弊してしまっていたからだ。


 戦闘で街も港も壊れている。


 ……統治者という者は、どこからどう優先的に修理していくべきか、何てことまで市民から訊かれる立場だということを思い知らされた。


 地味だが、思えば大切な指示だよ。皆、可能な限り自分にとっての日常に戻りたいと願っているのだ。誰もが失われてしまった日々のバランスを取り戻したがっている。戦場ばかりを渡り歩いて10年近く生きていると、ついつい平穏な日々の価値を忘れがちになっていることを自覚できた。


 ……ガンダラは本当に頼りになる男だよ。『ヴァルガロフ』でテッサ・ランドール市長の相談役をしていた経験が、今回は大きく役立ってくれている。


 まあ、『戦槌姫』が支配するマフィアだらけの風変りな街だからな、『プレイレス』の都市国家に比べれば、とてつもなく雑な政治体制には違いない。腕力で解決しうることがらが多くあるだろう。しかし、どこの街でもヒトの暮らしに必要なことが大きく変わるわけでもない。


 食料の確保、水源の確保、医療の確保、仮設の住居の確保……それらが優先的な課題であり、それらに対してのガンダラの助言は、政治屋としてシロウトそのもののオレでも分かるほど的確なものであった。

基本は、常識的じゃある。『自給他足』。可能な限りは自力でがんばり、足らない分は他に頼るしかない。


 『ストラウス商会』の出番が、またやって来てくれたわけだ。ロロカ先生は、とてもにこやかにオレの右となりに座っていたのさ。大儲けの機会だから―――じゃなくて、世の中に貢献できるチャンスだからね。オレたち夫婦の会社が。


 『足らない分』を運んでくれたわけだよ、戦でも大活躍してくれたユニコーンの隊商がね。現地採用した、元・亜人種奴隷の人々も新たな戦力として、『ペイルカ』からの食糧運搬に従事してくれている。


 奴隷を解放されて、路頭に迷う……そういう状況を避けるために、労働も与えられたというわけだ。『ストラウス商会』ならば、何もあとくされなく所属できるだろう。帝国の方式の、模倣というわけじゃないが、『未来のガルーナ王国への移住権利』というのも、社員特約の一つだ。


 『未来』に期待する力があった方が良い。『我々になる』んだよ。戦士も市民も、全員が一緒の目標を追いかけて、同じ方を向いて歩けるようにする。そのためには、ユアンダートが市民権で帝国の若者どもを集めたように、オレたちも似た行いをした。


 ……色々と、勉強したというわけさ。


 敵から学ぶことも、覚えられた。アリーチェたち『死貴族』の高潔さがあったからに他ならん。ユアンダートと帝国への憎しみも消えん、怒りも燃え続けている。それは、変わっちゃいないがね、感情よりも深い思想っていう場所で、物事を判断するようになれたのかもしれない。


 どうあれ、成長しているってことさ。


 会議でも、戦場でも。学んで吸収して、ちょっとずつだが確実に強くなっている。その自覚があるよ、ロロカにもガンダラにも、褒めてもらっているしね!


 やはり、仕事をしながら学ぶという形式が、ガルーナの野蛮人には向いているようだ。可能な限り、そう主張しておきたい。そうでなければ、リサ経由で届けられる、『ツイスト大学』のフラビア・ステイシー学長だとか、カイ経由で届けられる、『レフォード大学』のマクスウェル・クレートン教授の著作が増えて行きそうだった。


 あの老人たちは、オレの知性を心配してくれるのだろう。『十大大学』どこらか、高等教育を受けていない赤毛の野蛮人が統治する『未来』のガルーナ王国に、大いなる懸念を抱いたのかもしれない。


 「こんな顔してましたねえ」、「こんな顔していたぜ!」……リサとカイがしやがった顔真似には、何とも分かりやすい感情があった。戦場で暴れることと、政治をすることは違う。それはそうだ。確かに、まったく違う。共通しているところもあるが、そこを告げると学術的に否定されそうだからやめておく。


 学ぶべきでは、ある。


 実施でも、そうだし。読書だって必要だ。でも、これ以上は、ガルーナの野蛮人には向いていない。そのことを、理解して欲しいのだ、あの知的な大学者のお二人にはね。


 ……会議が終わり、何だかんだと馴染んで来た『モロー』の市庁舎の『来賓室』という名の新しい『アジト/拠点』。そこにロロカ先生とガンダラと共に戻って来たら、案の定、大学者の手下がそろっていた。


 ただし、カイは普段とは異なり、ソファーに腰を深く座らせ、その若い背中をだらりとうつむかせている。祈るように両手を組み合わせてね。悩みがあるのだろうな。若いから、しょうがない。


「ただいま、リサ」


「は、はい。どうも、ストラウス卿」


「……おい、総大将。絶対、オレのこと、見て見ぬふりしているだろう?」


「ああ、いたのか、カイ・レブラートくん。見て見ぬふりなんて、してないぜ。会議で疲れた目玉は、色々と見過ごしがちってだけなんだよ」


「……こんなに、露骨に、落ち込んでいるのに?」


「そんなセリフが吐けるうちは、まだ余裕があるだろう。リサにも、相談したわけだ。ガルーナの非・大学出のアホな赤毛よりも、はるかに賢い知性的な女性に。同じ赤毛でもな、中に入っている脳みその出来は桁違いなんだぜ」


「い、いえいえ。そんなことは」


「ある。君は、とても有能だよ。そんなリサ・ステイシーに質問しても、答えが見つからないのなら、オレなんぞに訊いても何も得られん。さっさと覚悟を決めて、行ってくればいいだけだ」


「知ってるじゃないか、やっぱり。オレの、悩み」


「悩みではない。ただの臆病さだ。さっさと、会いに行けばいいだけだろうが。恋人の兄貴の一人や二人、簡単なことだろ」


「二人もいてたまるか、一人相手に、こんな精一杯なのに……っ」


 戦場も大変だが、政治も大変。そして、恋愛事情も大変だった。疲れた体を椅子に腰かけさせて、賢い上に気まで利くリサが用意してくれていた、テーブルの上の焼き菓子を掴んで噛みついたよ。ああ、もちろん、テーブルの中央に置かれた、追加された読むべき本どもには視線を向けない。


 精神衛生上、それがいいんだよ。過度な頭脳労働はこれ以上、ムリ。リサだって許してくれるはずだ。ウザそうにカイを見ていたからね。愚痴ぐらいは聞いてやるとしよう。他人の恋愛のことで仕事が邪魔されるなんて、リサからすれば最悪の環境だ。騎士道に乗っ取り、女性の悩みのために、若い野郎の愚痴を聞くのさ。




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