4-5 救いと再会
彗が通う大学は、私が通う大学と一駅ほどしか離れていない。普段なら
バスを降りた場所は、歩道に沿って美容院や飲食店が
――彗と、連絡がつかない。スマホに電話を掛けてもコール音が鳴るばかりで、折り返しの電話もなかった。とにかく、メッセージだけでも入れておこうとしたところで、ふと思いつく顔があった。
――
――『澪ちゃん、今どこにいるの?』
彗の居場所を訊いたのに、私の居場所を訊かれてしまった。ぼやけた疑問を感じながら、ふらりと辺りを見回して、
その瞬間に、体力の限界が訪れた。立ち
彗に早く会いたいのに、大学にさえたどりつけない。それに、たとえ大学に行けたとしても、彗と連絡を取れなければ、広い構内から一人の生徒を見つけるのは困難だ。でも、もう、どうしたらいいのか、分からない――
「倉田さん?」
「
――
「大丈夫? ずいぶん具合が悪そうだけど」
立ち上がった私は、なんとか答えようとしたけれど、
「え……?」
ぽかんと目を
「一応訊くけど、彼らは知り合い?」
「知らない人です……」
――危なっかしい足取りで歩いていた私に、先に声を掛けたのが、もし高嶺さんではなかったら、今頃どうなっていたのだろう。悪意で私に近づいていたかもしれない人たちから、一人で逃げ切る自信はなかった。
「とにかく、涼しい場所で休んだほうがいい。時間は、大丈夫?」
もう声も出せなくて、私はこくんと頷いた。高嶺さんは、私を連れて『喫茶・ポラリス』に入ると、店員さんと何事かを話し込んでから、私を四人掛けテーブルのソファ席に座らせた。そして「少し待ってて」と言い置いて、歩道に面したカウンター席へ歩いていき、書籍とアイスコーヒーのグラスを持って、私の元へ戻ってきた。そのとき初めて、高嶺さんはカウンター席に座っていたお客さんで、私の様子を外まで見に来てくれたうえに、席まで交換してもらえるように、店員さんに掛け合ってくれたのだと分かった。対面の椅子に座った高嶺さんに、私は今度は謝罪した。
「高嶺さん、本当にすみません……」
「いいんだよ。僕のことは気にしないで、まずは、ゆっくり落ち着こう」
「今は、何か食べられそう? もう十二時だし、無理のない範囲で、何か食べ物をお腹に入れた方がいい。僕もこれから頼むから、一緒に注文しよう」
「はい……」
「食べられないものや、苦手なものはある?」
「いえ、ありません……」
メニューを開いた高嶺さんは、私の様子を確認してから、店員さんを呼んで「キノコの和風リゾットを一つと、卵サンドを一つ、アイスティーを一つ、ストレートでお願いします」と注文してくれた。メニューを
「料理を勝手に選んでごめんね。ここを出たあとは、倉田さんが出掛ける場所まで付き添うよ。さっきの
「何から何まで、ありがとうございます……本当に、助かりました。高嶺さんは、お仕事はお休みの日ですか?」
「うん。仕事を休むと決めた日に、のんびりと読書をする時間が好きでね」
高嶺さんの隣の椅子には、さっきカウンター席へ取りにいった書籍が、鞄と一緒に置かれている。書店で表紙を見たことがある文庫本は、海外のミステリー小説だろうか。
「ごめんなさい。せっかくの休日を、こんな形で邪魔してしまって」
「いいんだよ。それに、倉田さんには、こちらから連絡を取ろうと思っていたから」
「私に?」
「うん。でも、また日を改めるよ。倉田さんは、今日は自分のことだけを考えて」
「でも……」
「それなら、あとで連絡先を教えてもらえるかな。アリスさんか
そう
今朝は食欲がなかったのに、コンソメとチーズの香ばしさが、私に空腹を思い出させた。「いただきます」と言ってから、スプーンでリゾットを
「美味しい……これなら、食べられそうです」
「よかった。食欲が戻ったなら、きっと早く良くなるよ」
ふわりと笑った
「今日は、どうしたの? どこかへ行こうとしていたようだけど」
「彗に……お付き合いしている人に、会いに行こうとしていました。大学にいるはずなんですけど、連絡が取れなくて……」
説明しながら、なんて行き当たりばったりで、
そんな私の後悔を、高嶺さんは察してくれたのだと思う。私の事情には深入りしないで、「倉田さんの彼は、
「はい。私……彼氏と、えっと、たぶん、喧嘩をしてしまって……」
意地の張り合いのような夜の時間を、言い換える言葉は他にもあったはずなのに、喧嘩という表現を選んだことで、我ながら気抜けしてしまった。喧嘩なら、きっと仲直りができる。私は何のために外へ出掛けたのか、話を聞いてくれた高嶺さんのおかげで、
「私……彗に、謝りたかったんです。たぶん、彗も私と同じ気持ちだと思うから、早く会って、二人でもう一度、ちゃんと話をしたかったんですけど……私がこんな状態で会いに行っても、彗が傷つくだけだって、今なら分かります。高嶺さん、助けてくださって、本当にありがとうございました。私、ここを出たら、家に帰ります」
「うん。倉田さんなら、きっと大丈夫だよ。それにしても、
「羨ましい、ですか?」
「自分のことよりも、相手のことを優先したいと思えるような、大切な人と巡り会えていることが、とても素敵だと思ったからね。もちろん、無理は
「あ……えっと……高嶺さん、先ほど私に、連絡を取ろうと思っていたと仰いましたよね。高嶺さんさえよろしければ、今からお話を聞かせていただけませんか?」
「僕は、構わないけれど……体調は、大丈夫?」
高嶺さんは気遣ってくれたけれど、私は「座っていれば、大丈夫です」と答えた。
この提案を持ちかけたのは、照れ隠しだけが理由ではなくて――なんとなく、私はこれから彗と向き合うことで、もっと忙しくなるような気がしたから。今できることは、今のうちに取り組みたかった。
高嶺さんは、
「倉田さんは、もう就職活動は始めてる?」
「え? はい、一応。でも、企業研究の段階で、活動と呼べるほどのことはできていません。どんな企業が自分に合っているのか、まだよく分かっていないんです。それを知るために、いろいろな会社を調べてはいますが……」
大学で
そして、さっきの
「翻訳の仕事に、興味はない?」
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