1-5 光と影
放課後の空はまだ明るくて、窓から斜めに射し込む午後の光が、廊下を白く染めている。これから徐々に日が長くなっていくのだろう。
今日の午前四時にも、私は
油絵具の甘い匂いが、ふわりと
ほどなくして見つけた私の作品は、がらんどうの教室の絵だ。机と椅子の描き込みに苦労した様子が
「
気づけば、美術の女性教諭の
「えっと……理想通りの絵を描くことって、難しいなって思っていました」
「先生は好きだけどなぁ、倉田さんの絵。このときにしか描けない、唯一無二の
私の
「
山吹先生は、生徒たちの油彩画の中から一つを選んで
誰もいない教室には、夜明けの空の水色と、
この世界には命が描かれていないのに、やがて朝を迎える風景には、新しい一日への期待と、確かな希望が息づいていて――私の目から、ぽろっと涙が零れていた。
「いい絵でしょう? 作者の男の子は、コンクールで何度も入選して、美術雑誌にも取り上げられて、天才だって言われてきた生徒だけど、先生は彼のことを、人並み外れた努力家だと思っているの。私たちに頼み込んで、早朝に登校するくらいに、情熱を注いだ絵なんだから、卒業までには取りに来てねって伝えたけど……なかなか来てくれないのよね。でも、倉田さんに見せられたから、ここに残してくれてよかったのかもね」
山吹先生は、私の涙には気づかないふりをしてくれた。ひどく優しい眼差しで、天才であり努力家だという生徒の油彩画を見つめている。クリムトの
「私……帰ります。ありがとうございました」
「ええ。さようなら。またね」
「さようなら」
教室の絵に背を向けると、美術室から足早に出た。一度も振り返らなかった。頬を伝い落ちる涙が、止まらなくなってしまったから。
もし、あんなにも心を揺さぶる絵を描いた人が、利き腕を使えなくなって、画家として生きる道を絶たれたら。ひとけのない教室に宿った
――『いいんだ。違う生き方もできるから』
夢を諦めようとしている彗の
両手が油彩画で
相手が立ち止まった気配を感じたけれど、私は廊下の突き当りを曲がった。やがて背後で美術室の戸が開けられる音がして、続いて山吹先生が驚いた様子で告げた
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます