3-5 絢女先輩とソワレ
「最近は、とっても元気みたいね」
翌日の夜に『フーロン・デリ』のレジで、そう声を掛けてきた
「その節は、ご心配をおかけしました」
アトリエのミモザが開花を控えた二月に、これからのことに思い悩んでいた私を、気に掛けてくれたのは絢女先輩だ。あの頃を振り返ると、少し
「いいのよ。お互いさまだもの」
あの時期に恋人とさよならした絢女先輩は、つらい別れなんて何もなかったみたいな顔で
「私のことを元気だって言ったのは、絢女先輩だけです。他のみんなは、私が無理をしてるって思ってるみたいで……」
「無理はしてるでしょ? 自分に足りないものを補おうとすれば、
「絢女先輩は、大学の英会話の講義、彗と同じクラスなんですよね?」
「ええ。
「私も、そう聞いています。絵のお仕事で、外国の方がアトリエに来られたときも、英語で堂々と話していました。私は、まだあんなふうには話せません」
彗は、高校生の頃から夢を追いかけていたのだ。絵画を学ぶために外国に旅立つ将来を、諦めずに
けれど、私は彗の背中に追いつきたいわけじゃない。隣を、一緒に歩きたいのだ。
「絢女先輩が応援してくれて、嬉しいです。勉強しないといけないことが山積みで大変ですけど、楽しい気持ちのほうが強いので、頑張れそうです」
「息抜きがしたくなったら、相沢くんと一緒に『
絢女先輩のもう一つのバイト先である『
「絢女先輩が働いている間には行ってみたいですけど、しばらくはやめておきます。私、まだお酒を飲んだことがないんです」
「そうだったの? ごめんね、気にしないで。飲みたくなったときは、いつでも来てね。私も週一の勤務だから、お客さんとして一緒に行くことになりそうだけど」
「そのほうが心強いです」
「あら、連れが相沢くんだけじゃ心許ないの?」
「そうじゃなくて、お酒を飲んでいる彗を、見たことがなくて……バーにいる彗を想像できません」
「確かに、似合わないわね」
絢女先輩は、小さく噴き出すと「そうだ、ゼミはどう? 楽しい?」と話題を変えた。私もレジ袋の補充をしながら「はい」と応じて、壁掛け時計を見上げた。閉店の二十二時まで、あと五分。窓に夜色を
「思ったよりも調べものや発表が多くて、最初は大変でした。でも、今はペースを
「面接があるってことは、人気のゼミだったのね。その友達って、こないだ来てくれたお
「はい。
そう言いかけたときだった。カラン、とベルが鳴り響き、本日最後の来客が現れた。
絢女先輩は、大学四年生のお姉さんの顔から、瞬時に営業用スマイルに切り替えて、「いらっしゃいませ」と声を掛けた。私も続こうとしたけれど、そのお客さんが茶髪の男子大学生で、今日もゼミで同じ時間を過ごした顔見知りだったから、「あっ」と思わず声を上げて、普段の倉田澪の顔に戻ってしまった。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます