第十二話 保健室
ねこもどきに起こされて、中庭から校舎に入って覚束ない足取りで歩く。別に天気が悪くなっても俺は気にしないけど、具合を悪くして小言を言われるのは嫌だから大人しく従う。中庭は日当たりがよくて昼寝には最適だった。ここ以外の場所を今から探すのは少し面倒くさい。
生徒会室が頭をよぎったけど、きっとあそこには夜鷹とか誰かしら居そう。教室も先生の教科書を読み上げる声が邪魔をする。
他にどこか静かな場所――、と考えて思い浮かんだのは保健室。保健室にはきっとベッドがあるし、具合が悪い人がたくさん居ない限りはあいているはずだ。それに、保健室は怪我を診る場所で騒がしくないと思うから、寝るのには丁度良さそう。
そうと決まれば、廊下の角を曲がって向かったのは保健室だった。
「――、」
うとうとしながら、真っ白な保健室の扉を三回ノックして、返事を聞くよりも先に開ける。ツン、と独特な消毒液の匂いが鼻をついたのと同時に、本を片手に金色の瞳を丸くした人が俺を見て固まった。
その人は椅子に座ったまま、俺の頭のてっぺんから爪先まで眺めて、何かに納得したのか本を閉じた。
「貴方が凛月くんですかあ?」
「…俺のことしってるの」
「そうですねえ。貴方のことは、先生から色々と聞かされてますよお」
後ろ手にそっと扉を閉めると、その人は俺に手招きしてベッドに向かって視線を動かした。寝てもいいってことなのか分からないけど、眠気に重くなる瞼を擦りながら、俺はベッドに座る。
俺が座るとその柔らかいベッドに体が沈み、ギシリ、と小さな音を立てながら、そのまま吸い込まれるように寝転んだ。
「ふふふ、寝ててもいいですからねえ」
「色々って?」
「それは、色々です」
「そういうもの?」
「そーいうものですねえ」
何だか、この人と話していると気が抜けて余計に眠くなる。本を机に置くと、その人はベッドの傍らにやって来て、俺は傍に立つその人をぼんやり眺める。
制服を着ているから、俺と同じ生徒なんだろう。長い銀髪の襟足がさらり、と肩から滑り落ちる様子は綺麗だ。病的に肌が白くて、その白さは冬の窓から眺めた雪を思い出す。だからか、よけいに目元の隈が一際目立っていた。まるで、夜空に浮かぶ満月のような金色の瞳だ。
この人こそ、睡眠が必要な気がする。
だから、隣の真っ白なベッドに視線を向けて、寝る?と枕に頬を擦り付けながら聞いた。だけどその人は相変わらず優し気に笑むだけで、だいじょーぶですよお、と呑気にカーテンを掴んだ。
このまま閉めてしまうのだろうか。せっかくの満月が隠れるのはもったいない気がして、俺は止める。
「しめなくていい」
「それじゃあ、いつでも手を伸ばして届く位置に動かしておきますねぇ」
「うん」
「何かあれば呼んでください。遠慮はいりませんよお」
「わかった、……えっと」
「
兎の真似なのか、ぴょんぴょんと似ても無い鳴き真似をされて、俺は笑った。今日は猫に兎に変な日だ。宇佐美の鳴き真似が自分でも思ったよりも面白かったのか、声を抑えて笑っていれば、宇佐美は口元をゆるゆる緩ませながら定位置に戻って行く。そのまま閉じていた本を再び開いて、紙が一枚捲られる。
半分寝惚けている俺が、急に保健室に訪れたにも関わらず俺を邪険にしない宇佐美は優しいと思う。俺だったら、何かの邪魔をされたらいやだ。
何の本を読んでいるんだろう。
表紙から見て、児童文学ではない。かといって、ミステリーなのかファンタジーなのかもわからない。もしかしたら西洋文学かもしれない。何を読んでいるのか聞けば早いのだろうが、宇佐美に声を掛けて邪魔をしてまで読んでいる娯楽小説が何か聞くのは気が引けた。
――あ。
まじまじと観察していると、ぱっと金色の瞳と目が合って俺は数回瞬きする。
「おやぁ、どうしましたぁ?」
要は、貴方が気になるけどどう口にすればいいかわからないだけだ。その言葉を呑み込んで、その人をじっと見つめる。
「凛月くんの好きな物はなんですか?」
「…え、俺の?」
「はい」
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