第八話 食堂


「……うるさい」


 ざわざわと、食堂から騒がしい喧騒が聞こえて、俺のお腹の中はむかむかしていた。なだめるように透璃と伊織に手を繋がれているけど、好きなときに、自由に眠れないことに俺は限界がきている。

 そもそも、どうして俺も食堂にこないといけない。

 時間的にお昼の時間だけど、別に俺はお腹がすいてない。ご飯が食べたいなら勝手に四人で食べていればいいのに。


 慣れたように笑顔を貼り付ける天羽、にこにこする聖、目を輝かせる透璃と伊織に続いて食堂に入ると、頭に響く凄まじい黄色い声援に包まれて、俺は思わず目を見開いた。



「キャアァァーーーーッ!!天羽様!!僕をそのおみ足で踏んでぇぇ!!」

「聖様ぁぁ!!今夜は僕を……っ!!」

「うおおおぉぉ!!透璃君、伊織君ッ…かわいいぞおおぉぉ!!」



 …――なに、これ。



「っ……!!凛月様!!その気だるげな眼が素敵ッッ……!!」



 びっくりして、吸い込まれるように天羽の背中に隠れる。天羽は俺よりも背が高いから、これで少しは俺が隠れるはず。ふふ、と気持ち悪い笑いが天羽から聞こえたけど、さっきの声援よりはマシだ。

 ああ、ねむたい。頭もガンガンする。

 どうしてこの人達は俺達を見て騒いでるんだ。あー……伊織がなにかランキングがどうだー、とか言っていた気がする。それ思い出して、傍に居る聖を見上げる。


 確かに聖は、俺から見ても大人みたいな雰囲気を感じて、憧れる。天羽も常に落ち着いていて、余裕を感じるし、透璃も伊織も正直、毛並みが整えられた猫みたいでかわいい。

 ああそうか。この四人と居るから煩いんだ。



「おせえぞ、お前ら」



 そう思って距離を取ろうとしたら、あれだけ騒がしかった食堂は静寂に包まれた。――夜鷹だ。食堂の二階から、夜鷹が食堂全体を見下していた。生徒の頂点に立つ、王たる堂々とした佇まいがやけに似合う。

 小さく舌打ちをこぼす天羽が歩くと、群がっていた生徒は一斉に左右に別れて、二階に続く階段への道がひらけた。その後ろを慣れたように聖が歩き、隠れる壁を失って身を縮こまらせる俺の手を、透璃と伊織が引いた。


 生徒でできた道を歩く間も、視線はつき刺さる。


「大丈夫ですか、凛月君」

「……二階にいったら、ねる」

「ええ、そうですね。ここまで良くがんばりましたね。何かお腹に入れてから寝なさい」

「いらない」


 なんだか、お腹がちくちくする。

 階段を上がるのも億劫になってきた。俺の手を引く二人には悪いけど、途中から俺の力はぬけていた。半分意識を飛ばす中、生徒会室に敷かれていたような赤い絨毯が続いた先に、英国のアンティークチェアとテーブルが見えて、真っ先に俺は座った。

 そのまま突っ伏して、目を瞑る。


「凛月君ちゃんと食べないと、何にしよっかぁ?」


 ちら、と重たい瞼を開けて、視線だけ聖に向ける。ここではタッチパネルで注文を取るのか、聖はさっと、テーブルに備えられているタッチパネル式のメニューを弄っていた。二階にはまだ席はあるのに、また近くにきたな。

 もう口を開くのもめんどくさくて、いらないと意を込めてまた腕に顔を埋めると、頭を鷲掴みにされた。


 なに、むかつく。


「食え」

「いや」

「駄々をこねるな」

「…夜鷹うざい」

「――ほう。この俺がうざいと?」


 頭を掴む手に力がこもる。突っ伏した俺を上から見下ろす夜鷹は、強引に上へと俺の頭を引き上げて至近距離で低く笑う。その目は笑ってなくて、少し背筋が震える。

 でも、だって、仕方がないいだろう。空腹を感じていないのに、なにかを食べたって苦しいだけだ。

 親猫が小猫の首元を咥えて運ぶように、俺の頭を掴んで離さないままの夜鷹に視線で訴えるけど、夜鷹の意志は変わらないようだ。


 しばらく、そんな睨み合いを続けていた時だった。



「どうしたのかな?」



 耳朶を掠めた蜂蜜のようなやわらかい声に、俺も夜鷹もそちらの方に振り向いた。

 そこには、夜鷹と同じぐらいの長身の生徒を隣に連れた男が、静かにそこに立っていた。


「……三澄みすみ


 夜鷹に三澄と呼ばれた男は、挨拶のつもりなのか軽く手を上げる。その動きに合わせて、金髪の髪が軽やかに揺れた。とろりとした垂れた瞳は、夜鷹とはまた違った、ゆっくりと明けていく黎明の青を連想させる。

 三澄は隣の男を置いて、俺達の元まで歩いて来る。傍までやって来ると、流れるように俺の頭を掴んでいた夜鷹の手を外し、三澄は俺の前で片膝を付いた。すくい取るように俺の手をとられて、指先同士が触れ合う。


 簡単に振り解けるはずなのに、どこか痛むわけでもないのに胸を締め付けられる痛みに、握られた手を握り返す。


「どうして、君は夜鷹に触れられていたのかな?」

「……俺がお昼をたべないから」

「ふふっ、君は今 お腹が空いてないんだね」

「…そう」

「なのに、無理やり食べさせられる」


 そっか、と伏せていた瞼を持ち上げると、三澄の腕が俺に向かって伸ばされる。

 冷たい指先が唇をなぞって、ひんやりとした感覚に薄く唇が開く。その様子を、三澄はじっと視線を動かさずに凝視していた。

 なにかを口に含まれされたと気付いた時には、指が離れていく。

 一度口に運んだものを吐き出すわけにもいかず、何度か噛んで呑み込むと、乱れた髪を優しく梳かれる。


「うん、上手に食べられたね」

「……なに、食べさせたの」

「クラッカーだよ。これなら食べられただろ?」

「…もういらない」

「それじゃあ、何か飲むかい?」

「ん、ココア。あたたかいの」


 喉がすこしパサパサする。そうぼやくと、三澄はにこりと笑って俺の前の椅子に座った。夜鷹があからさまに嫌な顔をして、向けられた本人は眉尻を下げながら肩を竦める。

 そんなに嫌なら夜鷹は向こうに行けばいいのに、わざわざ空いていた聖の前の椅子に座った。


 そもそも、この人はだれだ。

 すると、その思いが通じたのか少し遅れて、長身の男が近くのテーブルの椅子に座る。切れ長の目が夜鷹の不快感を露わにした顔を映して、ふっと笑う。


「そう睨むな。新入生の前だぞ」

「失せろ」


 口元に笑みを湛えておきながら、夜鷹から離さない金色の瞳は、獲物を見据える鷹みたい。この二人が視線を交わしているだけで、空気がぴりついている気がする。この二人の間に何があるのかは知らないが、俺のいないところでやっていてほしい。

 聖も三澄も、特に気にした様子を微塵にも見せない。寧ろこの二人は、何が楽しいのか俺を見ている。


「はあ、やれやれ。小鳥居君達もこちらへ」

「え?あ、はい」


 呆れたように溜息を吐いた天羽は、残された二人を連れてテーブルを一つ挟んだ椅子に座った。あそこに流れる空気は穏やかで、落ち着いている。

 いいな、俺もあそこにいきたい。

 ふと椅子から腰を浮かし、向こう側に移動しようとした瞬間。夜鷹に向けられていた金色の瞳と目が合った。










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