第10話 旅の目的

「自家製ハーブを使ったハーブティーです。心が落ち着きますよ」

 ポロポロ泣いているヒナをムートは無視してお茶を飲む。

「うめえなあこのお茶」

「ねえムート、わたし邪魔なの?」

 しかしムートは、ヒナの話を聞かない。

「私はこの教会の神父をしてます。あなたは?」

「ああ、自己紹介がまだだったな。オレはムート。プルス族の剣士だ」

「温和で平和を愛する種族の」

 ムートは首肯しながら「そうそう」なんて返事をする。

「旅の途中でこのヒナを拾ったんだ」

「そうでしたか」

 そしてお茶を一口飲む。

「ムート、ねえムートぉ……」

「で、どの契約書にサインすればいいんだ?」

「わたしの話も聞いてよ!」

 部屋にはヒナの嗚咽だけが響いた。

「ムートさん。そうおっしゃっていますが」

「ヒナ、いいか? オレの旅はとても危ないんだ。わかるだろ? 今まで見てきたんだから」

「でも、でもぉ……」

 ムートはヒナの肩を抱く。

「わたしムートに捨てられたら、どうしたらいいのかわからないわ」

「大丈夫だ。落ち着け」

 そしてムートはヒナの目を見て話す。

「大丈夫。ヒナは強い。オレなんかいなくてもやっていけるさ」

「ダメよ。わたしムートがいなかったら」

 またヒナは泣き出した。

 さすがのムートも困った顔をしながら頭をかいている。

「すまねえな土壇場でガタガタしちゃって」

 神父は再びお茶を飲むと、人差し指を立てて提案をしてきた。

「どうでしょう? ここは一つ、今晩だけこの教会に泊まっていかれるというのは?」

 神父は「もちろんお二人で」と、中指も一緒に立てて付け加える。

「でも、オレも急ぎの旅で」

「こうしている間にも時間は過ぎていきます。ならば、話し合いで決めたほうがよろしいのでは? まあただのお節介ではありますがね」

「すまねえ。ホントすまねえ」

 ムートの謝罪に、神父は一言だった。

「私よりもヒナさんに謝罪された方がよさそうですね」


 その後、ムートとヒナは部屋に案内された。三階建ての三階にある一室だった。

「見ろよヒナ。北方山脈まで見えるぜ」

 一方でヒナはうつむき黙っているのだった。

「おい、ヒナぁ」

「わたし、邪魔?」

「ん? うーん、なんというか。なあ」

 ムートは隣を見る。でもそこには誰もいなかった。「流石にアマレも怒っているかな?」そう思ったら、口が自然と動いた。

「オレの旅、目的を話ていなかったな」

「黒い鎧の魔剣士を探すんでしょ?」

「ああ、アマレを殺したアイツを探すんだ」

 ヒナは俯いたまま、「アマレ?」と聞いてくる。

「オレの婚約者だよ。結婚式当日、オレの目の前で死んだアマレだ」

「その黒い鎧の人が、アマレさんを殺したの?」

 ムートは窓の外を見ながら、「そうだ」と答える。

「だから、オレはアイツを殺す。何があってもだ」

「ムートのことだから、「復讐はよくない」って言っても聞かないでしょうね」

 ムートはそばにあった水差しからコップへと二人分の水を移し、一つをヒナの前に置いた。

「お願い。捨てないで」

「旅は危険だ」

「お願いよ」

「どちらかが死ぬことになるかもしれない」

「お願い」

「それがヒナだったらオレはもう耐えられない」

 ムートは水を一口飲んで、「だからオレはお前をここに預ける」と決意を語った。ヒナはまた嗚咽を漏らす。

「大丈夫だって、なんとかなるさ」

「大丈夫なことなんかないわ。わたしはムートと一緒にいたいの」

「湿っぽいのは嫌いなんだけどなあ」

 話し合いは夜まで続いたが、ムートの意思も、ヒナの意思も曲がらず平行線だった。

 それでも時間は無常に過ぎていき、夜は更けていく。

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