3章 略奪のハレルヤ

第9話 ヒナの涙

 流石のムートも限界だった。

 何せ二日間ほとんど眠らずに移動と戦闘を繰り返しているのだ、ムートでなくても無理はない。

 ハラーソの町に着くなり宿を取り、ベッドに横になるとそのまま寝てしまった。

 一方でヒナは、同じ室内で夜空を見上げていた。

「どこにいてもお月様は見えるのね」

 空には双月がやさしくヒナを見下ろしていた。

「どっちがお父さんでどっちがお母さんかしら」

 じっと見上げるも、よくわからなかった。ヒナは首から下げている少し大きめのネックレスを握った。

「お母さん……」

 言ってさらに寂しくなった。思い出したのだ、自分が一人ということを。

 涙が流れてくる。とめどなく流れてくる。

「どうしてわたしを置いていっちゃったの?」

 嗚咽を漏らしながらヒナはしばらく泣く。

「わたし……わたし……」

 どうしようもない悲しみと、母の恋しさがヒナを襲っていた。それも仕方ない。ヒナはの年齢は十歳程度、まだまだ甘えたい年頃なのだから。

 しかし大声では泣かない。ムートが起きてしまう。それはなんというか申しわけがなかった。

 ヒナの命を何度も救ってくれたムート。まだなんの恩返しもしていない。それだというのに、眠ることすら妨げようとしている。よくない。よくないが今はどうしようもない。

「ダメじゃないヒナ、しっかりなさい。あなたはこれからがんばらなきゃいけないのよ」

 その後、ヒナは床の上に毛布をひき、その上で寝た。

 そんなヒナの様子を、ムートが察知していないワケもなく、そっぽを向いて寝続けているフリをしていた。

 そして考える。このままヒナと一緒にいてもいいものか? ヒナはこの先、早かれ遅かれ自立しなくてはならない。それは年齢的にではなく精神的にだ。今のままではムートに依存して生きることになるだろう。しかしそれではいけない。それをやってはいけないのだ。

 ではどうしたらいいか? 考えながらもムートは窓の外の双月を見やる。

「アマレ……お前ならどうする?」

 アマレなら「自分で考えなさい!」と一言だろう。

「ったくよ、考えてるよ」

 でもどうしようもないこともある。ムートは一生懸命考える。そして、一つの結論に達した。


「どこへ行くの?」

 ヒナの質問にろくすっぽ答えず、宿を出たムートはある場所へと向かっていた。

「あったあった」

 それはこの町の教会だった。

「おーい誰か居ないかー?」

「教会に用があったのね」

 すると奥の方で掃除をしていた男がゆっくりとした歩調で現れた。

「はい、何の御用で?」

 明らかにやる気と覇気が感じられない。だが、神父で間違いないようだ。

「頼みがあるんだが」

「なんでしょう? 話なら概ね聞きますけど」

「この子を預かって欲しいんだ」

 思わず笑顔が歪んだのはヒナだった。

「ムート?」

「はあ、お預かりですか? 何日くらいでしょう」

「この子が成人するまで。金は前払いでも構わないぜ」

「ムート!」

 思わず声を荒げたヒナを二人はじっと見やる。

「こちらの、お嬢さんにはまだお話しされていなかったのですね」

 ムートは「すまねえ」と謝る。

「かしこまりました。ではとりあえずお茶だけでも飲んで行かれませんか? お二人ともで」

 神父の誘いに乗ったムートだった。ヒナは断固辞退のかまえだったが、ムートが教会の中に入ると、二人だけで話させるわけにもいかず、ヒナも教会の中へと入っていった。

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