第6話

 常用魔法と固有魔法、というものがある。


 壁を作ったり、傷を直したり、魔素を操ったりするのは、常用魔法。習得の難易度はあれど、誰もが使える可能性のある魔法だ。


 対して固有魔法は、特別な、選ばれたものにしか使えない。効果は大きいが、制御も難しい。


 リーレイの使う音魔法も、固有魔法である。それも特別効果が大きい部類だ。大型のクリーチャーでも、力を一点集中させれば気絶させることができる。


 なのに、力を多少拡散させたとは言え、それでも立ち上がるこの男は、控えめに言って……


「化け物め……」


 リーレイは世界樹に寄りかかり、自分を襲う男共を睨み付ける。


「バカか? 俺は人間だよ。そうじゃなかったら、40人以上で女一人を襲うなんて真似できねぇよ」


 男は飄々と、まるで当たり前かのようにいい放つ。

 リーレイは足を撃たれている。もう、立ち上がることすら出来ない。

 男達はリーレイを囲うように立ち、銃口を向けている。


(こりゃ死ぬな~。昨日の晩御飯なんだったっけ?)


 リーレイは最後の晩餐を思い出すため、頭をひねっている。


「冥土の土産だ。教えてやるよ。俺の名はジャギー。あの世で話せばきっと友達ができるぜぇ?」


(知らないよ。今最後の晩餐が野菜炒めだったことに絶望してるんだから黙っててよ)


 リーレイは力を抜いて、走馬灯を眺めていた。


(エミィ、ビリー、社長。先に待ってるから、適当に頑張ってね。出来れば生きてほしいな)


「んま、大人しくなった所で、死ねや」


 リーレイは、目を瞑り、銃声を待った。


「刑法第195条、人の身体を傷害したものは、30年間城にて王の為魔素を納めなければならない。……しかし、城から遠いここでは少々面倒だな」


 若い、男の声だ。

 リーレイが目を開けて上を見上げると、世界樹の枝に仁王立ちして、その場の全員を見下ろす男の姿があった。


 少し長い黒髪のせいで、片眼が隠れており見えない。ブカブカの黒いローブのせいで、全身の形もよく分からない。全体的に不明瞭な男だ。

 だが、見えている片方の目、その紫色の目だけは、男の愚直さをそのまま形にしたかのように鮮明であった。


「帝国民の誇りを忘れた犯罪者共、せめてその最後だけは、ヴォルシア帝国の名のもとに、粛清してやる」


 黒い男は、枝から飛び降りて、真っ直ぐに野盗共の方に歩く。


「誰だぁ? てめえは」


 ジャギーもこの男を知らないのか、男に挑戦的な目を向ける。


「ジンク。地獄でこの名を読んでみろ。きっと軍隊ができるぞ」


 ダン――っ! 

 男、ジンクは、大地を砕かんばかりの力で蹴り、ジャギー達に向かって跳ぶ。


「てめえら! こいつ強えぞ! 気~張~れよぉ~!!」


 ジャギーの雄叫びと共に、手下達は一斉にジンクに弾丸を放つっ!


防壁展開パリィっ!」


 放たれた弾丸その全てが青い膜に阻まれる。一つたりとも貫通しない。


(やば、すごすぎ~)


 リーレイは少しテンションを取り戻したが、脱力感に抗えず、再度、目を瞑った。


「……――~っ!」


 ドォンっ!!

 何か大きな音にあわせて、リーレイの意識は白く塗り変わった。


 ◯


 バチバチバチバチ


 焚き火の音。肉の焼ける匂い。足と肩の痛み。


 リーレイは順繰りにそれらを感じて、目を覚ます。


(?……っ!)


 バッ――と。リーレイが飛び起きると、辺りはどうやら夜のようで、暗い世界樹の夜が始まっていた。木々の隙間から見える星々が幻想的に写る。


「くあぁぁ」


 アグルーはリーレイの後ろで欠伸をしている。


 そして隣には、片眼を隠した、黒髪の、ブカブカローブの……


(誰だっけ?)


「起きたのか」


 肉の番をしていた男は、リーレイに話しかける。


「あんた、誰?」


「命の恩人に対して随分な物言いだな。俺はジンクだ。女、お前の名は?」


「え、リーレイ、だけど。命の恩人? ……あ」


 リーレイはやっと思い出したのか。姿勢をただし、ジンクに向き直る。


「あ、ありがとうございました。ジンク……さん? えっと、なんでこんな所に?」


 世界樹林の中は許可のあるもの以外立入禁止である。そしてその許可は基本的に配達屋以外に与えられない。


(見たところ〈ビッグホース〉の服装はしてないし、〈イーグル〉には女性しかいないから……)


「安心しろ。魔素結晶の違法採取ではない。ただの軍人だ。訳あって世界樹林に入り、今は戦場へ向かっている」


 リーレイはさらに問う。


「その、訳っていうのは……」


「お前に言う必要はない」


「はぁ」


 見た目通り、人付き合いが得意ではなさそうだ。

 リーレイはこれ以上詮索して怒られるのも嫌なので、話題を変えることにした。


「あの30人くらいの人数を全部やっつけたんですか? すごすぎません?」


「いや、傷は与えたが、殺せなかった」


「こっろ…………。で、でもすごいですね」


「……」


 無言の間があく。


「あ、傷、治ってる! 軍人さんは回復魔法を覚えてるってホントなんですね」


「ああ」


「……ホントに、あー。」


 また、無音の時間が流れる。


(気まずい)


 リーレイは沈黙に耐えかねて、歯車時計を確認しようと、した瞬間に動きを止めた。


「え!? 今もう夜っ!」


 空を見れば、日の明かりを感じない暗闇が広がっている。ジンクはそれを聞くと、不思議な物を見る目をした。


「そうだが……気づいてなかったのか?」


「ちがっ。そうじゃなくて! 私、先に行かなくちゃ、間に合わない!」


 いったい何時間眠ってしまっていたのか分からないが、このペースは到底間に合う配分ではない。


「急がなくちゃ。あの! もろもろありがとうございました! アグルー行くよ!」


 そう言って、後ろで暇そうにしてるアグルーに飛び乗ろうとするリーレイの服を、ジンクは引っ付かんで止めた。


「ぐへぇ! 何を!?」


「静かにしろ」


 リーレイが手をはじいて振り向けば、そこには手を前に出し、鋭い目を向けるジンクの姿があった。


「えぇ~と?」


 まるでそれは、自分に魔法を放とうとしているようで。


 一瞬の静寂。


 ダン――っ!

 ジンクが一歩踏み出したっ!


「ちょ、何何何何!?」


 リーレイは思わず目を瞑り頭を守る。


魔素出力マナ・キャノン


 ドォン――。


 耳元で響く爆音。


(生き……てる?)


 リーレイがゆっくり目を開けると、ジンクの手のひらが自身の少し上を向いていたことが分かる。


「びっ、くりしたぁ。やめてよマジでぇ~」


 リーレイは膝をつくと、自分の後方で何が起きたのか確認すべく、後ろを振り向いた。


「――っ!」


 そこにいたのは、頭に大穴を開けた、足食いとかげであった。この森で一番タフなこいつは、だが今はピクリとも動かない。


 ズシン――と。とかげが倒れる。


 ジンクはそれを見て、何でもないかのように、また腰を下ろした。


「急ぐんだったな。もういいぞ」


 リーレイは考える。この力があれば、間に合うかもしれない、と。


(この人の力で、道中のクリーチャーを倒して行けば……っ!)

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