第5話

 世界樹、死んだ魔素を吸い上げ、蘇らせる、戦場の命。その大いなる命の枝に、男達は立ち尽くしていた。

 筋肉質の、ゴツい体をした屈強な男達を率いるのは、なんとも線の細い、痩せこけた男である。


 そのひょろい男の名はジャギー。男達は犯罪者集団であった。

 ボロ布を巻いたような服を着て、獲物が来るのを待っている。


「てめえら、そろそろ時間だぜ? 準備はいいか!」


 ジャギーはもうすぐ来るであろう大鷲を見据え、仲間達に声をかける。


「今日のは生きるための略奪じゃねえ。他人様からの仕事ってやつだ」


「しかもその依頼主は、我らが愛すべきカモ、〈ビッグホース〉っていうじゃねえか。前報酬はたんまり、成功報酬は倍だ。うまくやれば地獄への列車を2ヶ月位は見過ごせるだろう」


 ざわざわと手下連中は浮かれ出す。

 だが、と。ジャギーは続ける。


「そう浮き足立つなよお前ら。いつも通りだ。どうせなら、いつも通り、楽しもうぜぇ!」


「「「「「うおぉお!」」」」


 雄叫びと同時、大鷲の気配にジャギーは気がつく。ジャギーは手下の中でも一番の大男に近づいた。


「ピーティ」


「あんです?」


「閃・光☆」


 ギチッと、ピーティは顔をにやつかせ、手に持った閃光玉からピンを抜き、ぶん投げた。


 ◯


 視界の全てが、白に飲み込まれる。

 重力に身を投じる感覚。


 落ちてるっ!?


「アグルー! 防御体制っ!」


 アグルーは主の言葉を聞き、翼で自らの主を覆う。


 改造されたヴォルシアイーグルは翼を固くすることができる。その固さを利用して、本来は荷物を守る為に使うのだが、今回はリーレイとアグルーの信頼が、咄嗟の連携を可能にした。


 ドスッゴロゴロ――。


 アグルーは自分が止まったことを認識してから、翼を開き、主を外に逃がす。


 リーレイはポケットからミノの葉を取り出し、思いっきり噛む。視界が白黒するほどの苦味の後、ほどなくしてリーレイの視界は色を取り戻した。

 アグルーにもミノの葉を噛ませ、リーレイは考える。


(いったい、何が)


 しかし、考える間もなく、大勢の足音が聞こえてきた。


「アグルー! これ持って上昇して、出来るだけ上の枝に捕まってて!」


 アグルーは主に従う。体内魔素を使って、真上に上昇した。

 リーレイは世界樹に隠れながら、足音のする方を見る。

 複数の屈強な男達と、それを率いる細い男が見えた。


「リーダー。イーグルはあれ射程範囲外っすね。今晩のおかずが……」


「女が死にそうになりゃ助けに来るだろ。ヴォルシアイーグルとその主にはカタ~イ絆があるからな」


 人数はざっと十人前後。戦ったら間違いなく負けてしまうが、野放しにすれば後続も襲われる。


(そもそもなんで世界樹林に人がいんの!? 立ち入り禁止でしょ! 犯罪者共~)


「おい、女ぁ~。いるんだろ? 出てこいよ! 一緒に遊ぼうぜぃ」


 ひょろい男はぶっきらぼうな声で、リーレイを呼びかけた。


(出てくわけないでしょ。バーカバーカ。さっさと逃げよ)


 リーレイはゆっくりと、その場から立ち去ろうとする、が。


「てめえらっ! 撃ちまくれぇ!」


 その声は、突如として上から聞こえてきた。


「――っ!!」


 リーレイは跳ねとんで、転がる。


 ダダダダダダダ――と。


 弾丸の雨を体のすぐ近くで感じながら、次の世界樹まで、跳ぶっ!

 体内魔素を足に集中させ、瞬間的に上昇する。いわば簡易アグルーである。

 リーレイは命からがら避けきって、世界樹に寄りかかる。


「何っなのよあんたらはあ~! 配達してんだから邪魔しないでよ!」


「何言ってるか分からねえなぁ。おらよ!」


 左右から回り込まれて、挟み撃ちの状態にされてしまった。

 第2射が、来るっ!

 ダダダダダダダ――。


「うひゃあっ!」


(これやば、魔素温存してる場合じゃない)


防壁展開パリィっ!」


 青い膜のような壁が、リーレイから弾丸の雨を遮る。何十枚も重なったそれは、しかし、完全には弾丸を防げず、肩口に穴を開ける。


「んぐ、あああ!」


 次の世界樹まで走るが、焼けるような痛み。玉は抜けたが血が止まらない。


(あついあついあついっくぅ)


 ギュッ。器用な手先を駆使して、ポケットに入っていた大きめのタオルで傷口をふさぐ。


(くっそヤバイなぁ。防御の方に魔素使っちゃった。これじゃ反撃が……)


「それじゃ、三射目ぇ、行くぜぇ」


「ふざっけんな!」


 リーレイは叫ぶが当然待ってはくれない。


(死――っ!)


「ピェーイっ!」


 ベチョ――と、細い男の銃に、個体と液体の中間のような、ドロッとした物体が落ちる。


「んだこれ――ってくさっ。ウンコだこりゃあ……あ?」


 途端、着火するっ!


「おいおいおいおいぃ!」


 ひょろい男は慌てて銃を落とすと、炎は燃え広がる。男達はなんとか炎を消そうと、ウンコを踏みつけにしている。


 リーレイは男達から離れつつ、上を見上げると、どうやらリグルーの仕業だったらしい。上空を飛んで威嚇している。リーレイは思わず口元がにやけた。


 すると、リーレイは世界樹の根元に、結晶が作られていることに気がついた。青い透明な結晶だ。


「これ、魔素結晶だ! そかそか。お国様はこれを守ってるんだもんね、当たり前か。んじゃ、ちょっと拝借~」


 魔素結晶。それは世界樹の根元に溜まっていく、魔素の結晶である。

 リーレイはそれを割り、中の液体を口に含む。

 そうすれば、リーレイを先ほどまで襲っていた脱力感は、一気に活力に変わっていく。


「チっ、銃身の熱で、着火するウンコとはなんつーもん出しやがる。それと嬢ちゃん、魔素結晶の違法採取は犯罪だぜ?」


 男達は火を消し終わったのか、リーレイに追い付く。


「ングング、プハー。非常事態ならセーフですぅ! っていうかあんたらこそ。ここって立ち入り禁止なんですけど?」


「残念もとから犯罪者だよ。だから法は関係ねえのさ」


「暴論だ!」


「なんとでも言いやがれ!」


 男達はまた、銃を構える。その前に、リーレイは喉元に手を当て、魔法を唱える――!


音魔法ハイファアナっ!!」


 パァン―――っ!! と。リーレイは両の手を思いっきり合わせることで、大気を揺らす爆音を鳴らす。


 それは、この地にそびえる世界樹すらも揺らす轟音。


 音は当然、男達に直撃して、そのほとんどが、失神してしまった。


 ペタン――。リーレイは地面にへたりこんだ。


 この魔法は、リーレイだけに使える魔法だ。音を増大させ、さらにそれに指向性を持たせる。加減が効かない上に、反動で力が抜けるので、リーレイはこの魔法を使うことをあまり好まない。


「くそが、お~い」


 ひょろい男はゆったりと、体を起こし始めた


「え。まだ動けるの!?」


(だけど、1人くらいなら……)


「遅えよ。お前ら」


 男が見据える先、そこには、30人を越える、男の仲間らしき連中が、集まっていた。

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