第4話

 頭からしっぽの先まで3mを越える大型のイーグル。これ程のイーグルは、本来物理的に飛行できない。ならば何故、この巨大な鳥は上昇し、あまつさえ2000キロを越える飛行をしても全く問題がないのか。

 それが魔法である。

 ヴォルシアイーグルは、人間がかけた魔法により改造されており、それによって空をかけ、時に何十キロもの物資を戦場に運ぶ。


 リーレイの相棒、大鷲アグルーは、その体内の魔素を完全に回復させ、出発に備えていた。

 だが、その主、リーレイはと言われれば。


「うぅ~。全然遊べなかったよぉ」


 リーレイなんとも情けない姿で、アグルーに寄りかかっていた。アグルーはこれから自分にまたがる者の姿とは思えず、少し情けなく思うのだった。


 結局、リーレイはあの後、当番を全て果たし、翌日は爆睡。起きたら出発という、なんとも可哀想な休日となった。


「ほら、そんなウジウジしてると、リグルーが不安がるわ。シャキッとなさい!」


 そう言うのは、出発時刻の早朝の3時に起きて、リーレイを見送ろうとするエミィであった。他にも、友人ビリーと、社長のバイオレットがいる。


「うぅ~。はぁい」


エミィは厳しい表情を続ける。


「道具は全部ある?」


「あるよ」


「ミノの葉は持った」


「持ったよ。あれないと朝ダメだから私」


「食料は?」


「ダイジョブだって」


「危なくなったら迷わず、あんたの魔法を使うのよ」 


「分かってるって」


 リーレイはアグルーの背中に飛び乗って、首の鈴をカランと響かせた。


「そんなに心配しなくても、仕事はしっかりやるよ」


「どうだか。あんまりモタモタしてると、すぐに追い付いちゃうから!」


エミィは挑戦的な顔をして、リーレイを見上げる。続けてビリーが声をかけた。


「あはは。気をつけてね。リーレイ」


ビリーは相変わらず、笑顔を絶やさない。


「うん。あ、そろそろ行かないと」


リーレイが飛翔の合図を出そうとしたところに、バイオレットが口を挟む。


「あぁ、そうだ。仕事には直接関係ないが、ジンクという軍人が、現在行方不明らしい。紫色の目をした軍人がいたら、保護してやるんだな」


「分っかりました~。じゃ、行ってきます! アグルー、お願い!」


 ボフゥ――と。アグルーは翼を広げ、上昇を始める。

 次第に羽を安定させると、ゆっくりと滑空を始めるのだった。

 その一瞬で、もはや遥か彼方……――


 ◯


 壁に馬の剥製が飾られた、なんとも趣味の悪い部屋だ。

 ヴォルシア西配達会社〈ビッグホース〉本社、その椅子に座るのは、割腹のいい、動きの鈍そうな丸い男だ。


「社長、いかがなさいましたか?」


 サングラスの男が丸い男に問いかける。


「ん? なぁに、そろそろ出発かと思ってのぅ。〈イーグル〉のエース、リーレイ・ハービーナスの、な。」


 男は最初何のことだか分からなかったが、すぐに思いいたり、返答をする。


「はぁ、例のですか。確かに、今日出ないと間に合いませんね」


「ぐっふっふ。奴のせいでここ2年、度々仕事を奪われておる。同じ穴のムジナは、しっかり処理しなければのぅ」


 ぐっふっふ。汚い笑いが止まらない。リーレイさえいなくなれば、後の仕事はずっと楽になる。

 男は今日の仕事を始めた。部下達のケツを叩かねば。


 ◯


「おぉ! ついたよアグルー、世界樹林だ!」


 標高約1000mを越える巨大な樹木の数々。この樹木の一つ一つが、死んだ魔素を蘇らせ、世界を生かしている。

 この圧倒的大自然っ! これを拝めることは、間違いなく配達屋の利点であろう。


「景色はきれいなんだけどねぇ。えほっえほっ」


 この距離でも魔素が濃すぎたか、リーレイは左に曲がり、指定された入り口を目指す。


「魔素がないと死ぬのに、有りすぎても死ぬって、おかしな話だね。けほっ」


 手元の魔素計測機と地図を交互に見やると、どうやらこの辺りのようだ。比較的魔素が薄い。

 リーレイはマスクを装着し、呪文を唱える。


魔素拡散ランウェイ


 すると、魔素計測機の数値はどんどん少なくなっていく。

 リーレイは樹木の一つに緑の印を付ける。


「アグルー、それじゃ先に進もう」


 魔素を払い、クリーチャーを避けて、戦場までの道を見つける、それがルート開拓である。


 リーレイ達は、ヴォルシア1魔素の濃い、東の世界樹林内部に、入っていった。


 ◯


「アグルー、ここは足食いトカゲの縄張りだ。迂回しよう」


 世界樹に焼けついた足跡を見て判断する。樹木に赤い印を付け、旋回。次のルートを探す。

 一瞬でも判断を誤れば、魔素が濃すぎてアグルーが倒れてしまうか、もしくは、クリーチャーと出くわして、一瞬で食べられてしまう。

 ヴォルシアイーグルは馬と比べて圧倒的に速く、ルートの自由度もあるが、速さを求めれば安全な道は使えない。故に、このルート開拓なしで戦場に物資を届けることは出来ないのだ。


「ん、ここまでは順調、だね」


 リーレイはリュックを背負い直し、また、魔素計測機とにらめっこを始める。


「あ! アグルー、曲がって」


 木々の隙間をくぐり抜け、大鷲と共に爽やかな風の海を泳ぐリーレイはしかし、嫌な予感を拭えずにいた。


(順調過ぎる。まだ魔素拡散ランウェイを一回しか使ってない。誰かに、誘導されてる?)


 だが、たとえそうだとしても、他に道はない。仲間達に、少しでも安全な道を作らねば。


 定期的に印を付けながら、リーレイはアグルーと共に風を裂き続ける。


 そして、それは突然に、目の前にやってきた。


「閃・光☆」


「へ?」


 下方から男の声が聞こえた気がする。

 その瞬間には、リーレイの視界は光の渦に飲み込まれていた。

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