第3話

 東配達会社〈イーグル〉の社員達は、基本的に宿舎で共同生活をしている。自らの相棒の大鷲の世話を自分達でするためだ。

 そして、自分達の食事は、自分達で作る。


「だ~ま~さ~れ~た~!!」


 調理場からは、水色の目に白い髪の少女、リーレイの声が聞こえてくる。よく響く声だ。

 リーレイは今、現在本社にいる社員、約40人分の食事を作っている。


「ひどくない!? 私ってば長期配達から帰って来たばっかだよ! 偉いんだよ!? しかも休暇中だよ!? 何でこんな労働しなきゃなんだよぉ!」


 再度、リーレイの叫びが聞こえる。当然、そんなに騒げば食堂にも聞こえるわけで。彼女の自称ライバル、エミィは、カウンター席で笑い声をあげた。トレードマークの眼鏡が落ちそうなほどに呼吸が乱れる。


「はぁー、はぁー。あんた言ってたわよねぇ。今回の長期配達はどうしても行きたいんだって。みんなと当番代わるから行かせてって。あはは。ほんと後先バカ」


(そんなことしなくても皆あんたに協力したのに)


 当然、口には出さないその言葉が、リーレイに届くはずもなく。


 リーレイは、炊事、洗濯、掃除、イーグルの世話以外すべての当番を代わると言った己を呪った。


(っていうかよく考えたらこの休暇って私のためじゃなくてアグルーのためだよね? あと絶対社長このこと知ってたよね!?)


「ムッキー。ムカつく! エミィのチャーハンにはピーマンたくさん入れてやる!」


「ちょ、何でよ。やめなさ……ってホントにやめて!」


 騒ぎ声を聞き付けたのか、彼女らの友人、短髪の少女、ビリーもまた近づいてくる。


「あはは。ホントに仲が良いよね二人とも」


「あ、分かる~?」


 リーレイは少し口角を上げて答えた。


「今のを見てどうしてそう思うのよ」


 エミィは、ピーマンをビリーに押し付けようと密かに決意した。


「あはは。それで? 社長とはどんな話をしてたの?」


 ビリーがそう聞くと、リーレイは顔をしかめた。


「仕事の話、多分ここの皆が配達だと思うよ」


「ってことは、リーレイの仕事は緊急のルート開拓だ」


「うん。はぁ」


 リーレイは、社長との会話を思いだし、ため息を吐いた。


 ◯


「お前も知ってると思うが、東の世界樹林はこの国で最も魔素の濃い地域だ。普通、動物はこの中に入れない」


 社長、バイオレットは厳格な表情で説明をしている。だが、当のリーレイは早く休暇を満喫したくてうずうずしていた。


「お前は、その中でも出来るだけ魔素の薄いルートを割り出し、なければ作り、後続が通れるようにしろ」


 イーグルには上昇に制限があるので、世界樹の上を通ることは出来ないのだ。


「おい、リーレイ、聞こえているか?」


「ん? ああ聞こえてますよ。ハイハイ」


 嘘である。久しぶりの休日に、手の込んだお菓子でも作りたい。なんて妄想をしていた。


(休暇……自由時間、うへへ)


 実際には、これらは当番の交代で出来ないのだが、リーレイはまだ知らない。


「あー、っていうかそもそも、何でこんなにギリギリなんですか? 物資なんて早く補給するにこしたことないのに」


 リーレイはもっともな疑問を口にする。普通、一ヶ月前には物資の催促がくるはずなのだ。


「〈ビッグホース〉の能無し共が失敗したらしい。それでこっちに仕事が回ってきた。これはチャンスだ。滅多に見せない奴らの隙をつくチャンス。お前にかかっている」


 バイオレットは普段よりほんの少し力を込めて話しているが、リーレイは全く興味がないのか、つまらなそうな顔で話を聞いていた。


「ふーん。了解です。任せて下さい。約束、忘れませんよ?」


「任せろ。上の連中を逆さにしてでもはいと言わせてやる」


「この人頼もしすぎるなぁ。それじゃ、失礼しました~」


 リーレイは、仕事の話を一刻も早く終わらせるべく、社長室をあとにした。


「……。〈ビッグホース〉が、なぜ失敗したのか分からないところが、懸念点だが、まあリーレイならなんとかするだろう」


 部屋を出た廊下で、リーレイは呟く。


「なんとかしますよ。エースですから」


 ◯


「モゴモゴ、ンッヴン。だいたいこんな感じ。だから皆の次の仕事は多分、私の後続になると思うよ」


 モグモグと、自らもカウンター席に座り、自分で作ったチャーハンを食べ始める。


「あんた、安請け合いして。東の世界樹林を抜けるルートなんて見つかるの?」


 質問しながら、エミィはピーマンをビリーの皿に押し付けた。

 リーレイは答える。


「ん~。まあ見つけるよ。今までもそうして来たし。何より、国外配達がかかってるからね」


 ビリーは、増やされたピーマンに気づいているのかいないのか、何も反応せずチャーハンを食べ進めている。


「どうして、リーレイはそんなに国外に出たいの? 何か理由があるんでしょ?」


「あれ、ビリーには言ってなかったっけ。私、この国の生まれじゃないんだ」


 カタン――。ビリーはスプーンを落とした。その隙を見逃さず、エミィは全てのピーマンをビリーのチャーハンに入れる。


「な、何それ!? 聞いてないよ私。そ、それって大丈夫なの? この前、ハーフの人が城に連れてかれてたけど」


「名前だけだけど一応同盟国だから。それで私、どうしても自分の生まれた国を見てみたいんだ」


 リーレイのその目は、希望の光に満ち溢れている。この国では珍しい白髪はなるほど、外国のものだったのか。と、ビリーはすんなり納得した。


「ん、ごちそうさま~。さぁーてこの後はなにしようかなぁ」


 リーレイは手を合わせた後、そそくさと食堂を出ようとする、が。


「おぅい、リーレイ、あたしの分の掃除やっといてくれよ」

「リーレイ、洗濯物溜まってるから、頑張ってね」

「今晩はカレーがいいなぁ。リーレイ」


 食堂のあちこちから、リーレイの帰りを心から待っていたであろう、仲間達からの声が聞こえてくる。


 (あぁ、ここの連中はみんな鬼だ)


「いいよやったるよ! 全部まとめてかかって来いやぁあああ!!」


 魂の叫びの後、リーレイは走り出す。

 要所に罠を仕掛けて困らせてやる、なんて思いながら、襲い来る当番の塊に、立ち向かいに行ったのだった。


 リーレイが走り去った後、食堂は少しだけ静かになって、二人の少女は残された。

 ビリーが話しかける。


「エミィは知ってたの? リーレイの生まれ」


「昔、しつこく聞いたのよ。その時に聞いたわ」


 エミィはリーレイの走り去った方向を見て「元気すぎるでしょ」と呟く。


「ふーん。そっか。あ!」


 ビリーは一点を見つめて、大声をあげた。


「え、何!?」


 瞬間、エミィの口にスプーンが突っ込まれる。


「モゴ!?」


「あはは、食べ終わったら、リーレイに仕事押し付けに行こうね」


 エミィは吐き出せずに、涙目で咀嚼を始める。そんなエミィの姿を見て、遠くのリーレイの悲鳴を聞いて、ビリーは本当に、この会社が好きだと感じたのだった。


 そうして、リーレイの休暇は、あっという間に過ぎる。

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