第2話
イライライラ、イライライラ。
その少女は、体から出る不機嫌そうな雰囲気を隠そうともせず、〈イーグル〉本社前でウロウロしている。
エミィ・マーガレン。髪は三つ編みになっていて、メガネをかけた、茶色い目をした少女である。
そんなエミィが不機嫌な理由はただ一つだった。
あいつが来ないのだ。
リーレイ・ハービーナス。
白くて長い髪に、水色の目をした少女。
東配達会社〈イーグル〉の不動のエースであり、2年前から成績トップを貫き続ける私のライバル。
今回幸運にも、あいつは社長から声をかけてもらったっていうのに。
「どぉ~して来ないのよあいつは! 社長を2時間待たせるって頭おかしいんじゃないの!」
怒気を隠さないエミィに、他の配達屋の面々もどうすればいいかわからない。オロオロしている。
「まあまあエミィ落ち着いて。焦ったってリーレイは来ないんだから」
そうエミィに声をかけるのは、彼女の友人、ビリーであった。女にしては短い髪が、とても似合う少女だ。
「誰が焦ってるって? 私はただ、怠慢なあいつに心底腹がたってるだけよ。別に焦ってない」
エミィは眼鏡をぎらつかせ、ビリーを睨む。
が、ビリーには効果がないようだ。
「分かったよ。焦ってない。それで? 社長の様子はどんな感じなの?」
「まあリーレイだからって顔でとっても落ち着いてるわ。甘すぎるのよあいつに!」
「実際、成績良ければなんでもいいんでしょ」
「ビリーはおかしいと思わないの?」
「ぜーんぜん。仲間だしね」
これだ。この甘やかしのせいでリーレイはダメダメになっていくのだ。私だけはあいつに優しくするわけにはいかない。
いつも通り、エミィは眉間にシワを寄せて、苦々しい表情をする。
すると、どこかの誰かが声をあげた。
「あ! リーレイさん! いました!」
バッ――と。エミィは顔を上げる。なるほど、確かにあの無駄のない飛行物体は、リーレイとその相棒の大鷲、アグルーで間違いないだろう。
だが、おかしい。
本来ならまっすぐこっちに向かってくるはずが、奴らは細かく止まり柱を経由しながら、ジグザグに向かってきていた。まるで、配達をしているような。
だいぶ回り道をしたあと、やっとこちらの方向にきた。
「おぉ~い! ただいま~!」
長い白髪に水色の目をした少女リーレイがそこにいた。
聞き馴染んだ声に、ビリーとエミィは交互に返す。
「うん、おかえり~」
「ただいま~じゃないわよ! 速く降りてきなさい!」
「はぁーい!」
よく通るスカッとした声だが、どうやらエミィのイライラは変わらないらしい。
リーレイはゆっくりと降下してくる。
彼女が飛び降りると、首にかかった紐の先の鈴が、カランと音を響かせた。
「あんた何してたのよ。社長待ってるわよ」
「いやぁ、イェルムドで手紙たくさん預かっててさ、配ってたらちょっと遅くなっちゃった」
「二時間はちょっとじゃないでしょ! ほらさっさとこっち! アグルーは自分で止まり木にいきなさい。私はこのアホ連れてくから」
アグルーは自らの主達のいつも通りな様子に、(やれやれだぜ)なんて思いながら、自分の止まり木に戻っていった。
「あんたは社長のところに行くわよ。クビになる前にね」
「えぇー、私水浴びしたい」
「バカっ、そんな暇――ってくっさ!? あーもうさっさと浴びてきなさい」
「あーい」
「あ、あんたの今回の遠征の間に、この基地2回は改修されてるから。ついてきて、案内するわ」
「んまじ!? 気になる~」
エミィはリーレイを連れて、基地の内部に入っていく。ビリーはそれを眺めて呆れ顔で
「なんだあのママさんは」
なんて呟くのだった。
◯
コンコン、ノックの音が響く。
「入れ」
そう、東配達会社〈イーグル〉社長、バイオレットは、その生真面目な性格を滲ませた
「失礼しま~す。お、なんだか今日は機嫌がいいですね。社長」
常人には全くそんな風に見えないが、長年付き添っていると分かるらしい。
「人を2時間待たせてそのセリフが出るのは素直に感心するよ。リーレイ」
「あ、すいません遅れました~。仕事してたんで許してくだーさい」
「利益のない仕事はボランティアと言うんだ阿呆。まったく、我が社の歴代最高の配達屋がそれでは、先が思いやられる」
「えへへ~。どうもどうも」
「別に誉めてない」
照れるリーレイに釘を刺すと、バイオレットはテーブルに地図を広げた。
「座れ。仕事終わりに悪いが、仕事の話だ」
リーレイは露骨に嫌な顔をしながら、「クソブラックめ」と呟いて椅子に座る。柔らかい椅子の感触だ。
リーレイは何も言われてないが、テーブルの上のコーヒーを口に含んだ。
「まずは遠征お疲れ様。今回〈ビッグホース〉から仕事を奪えたのはお前のおかげだ。2日間の休暇をやろう」
リーレイは含んだコーヒーをおもいっきり吹き出す。
「ぶふぅー。えほっえほ。え!? ふ、ふつ、ふつふつ、2日も!? 最高じゃん!」
戦時中のヴォルシア国民にとって、2日間の休暇というのは、それだけで破格の報酬であった。
リーレイはにやけた顔のまま、慌ててハンカチを取り出し、テーブルを拭き始める。
「そう喜べるものではないぞ。休暇が終われば、次はここに向かってもらう」
バイオレットは人差し指で地図の一点を打ち付けた。
「ん? あぁいいですよ。一回行ったことあるし」
バイオレットは鋭い眼光を強める。
「今回は特急でいく。一週間以内だ」
ピキ、と。リーレイの動きが止まる。
「誰です? そんななめた客は。上司ならせめて2週間にしてきて下さい。話は終わりですか~?」
リーレイは呆れた様子で、部屋を出て行こうとする。その背中にバイオレットは声をぶつける。
「お前に頼みたいのはルート開拓だ。東の世界樹林、あれをイーグルで越えろ。入り口は目星をつけた」
「失礼しました~」
バタン――。ドアが閉まる。バイオレットはため息を一つして、
「この仕事が成功すれば、国外配達の仕事をもぎ取ってきてやる」
めんどくさそうに呟いた。
カチャ、キー――と。扉に背中を預けるようにして、リーレイは顔を覗かせる。
「了・解、でぇす!」
その満面の笑みは、まるでこの言葉を待っていたかのようで。バイオレットは、心底この女をめんどうだと思った。
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