異世界配達屋、戦場へ駆ける

笠川 らあ

第1話

 空爆用小型竜リボルオンの滑空音が、濁った青空に響きわたる。


空襲クソが来ます! 隊長っ!」


「スコープ覗かんくてもそれくらい分かるわボケ! 竜撃雷りゅうげきらい用意! けつあな詰めろてめえらぁ!」


「「「了解ヤァ!」」」


 隊長と呼ばれた男の声に応じて、軍服の男達は3m越えの巨大な砲台に、歪な形をした弾丸を次々と詰め始めた。

 それはまさしく、竜殺しの弾丸。


「発射っ!」


 ゴォン、と。大地を揺らす轟音が、戦場に響く。弾丸は遥か上空を飛び、小型竜に見事、命中した。瞬間、爆破っ!


「キァエェェイ」


「着弾しました!」


 小型竜は叫ぶと同時に、腹の辺りから卵形の黒い物体を無数に落とす。

 物体は着地の衝撃でぜ、無数の爆音が響く。

 ドドドドドドド、と。

 彼らの頭上にもそれは降り注ぐが、戦場にはとても似合わない青い膜のような障壁が、彼らの基地を守っている。


「ちっ、今ので障壁何枚割れた?」


「目測2000枚です。」


「クソがっ! 200枚足してF型展開! 穴はてめえらの魔力で埋めろ! 補給はまだ来ねえのか!」


「ここは東側前線ですので、世界樹林を越えるのには時間が」


「んなこた知ってる! ちくしょう。こればっかりは〈イーグル〉に期待するしかねえな。配達屋が軍人より重要なのは気に入らねえがな」


 男は苛立たしげにそういうと、今度はスコープの方に向かう。足音の大きい男だ。


「おいスコープ! 次はもっと早く報告しろ! お前も障壁の補強……って、なんでお前がスコープしてんだ? シャマー。はどうした」


「はっ、彼は、自分とスコープ交代だと言って、奥の方に……」


 ダンッ、と。シャマーが言った奥の方の扉を、東側前線後衛部第2部隊長ひがしがわぜんせんこうえいぶだいにぶたいちょう、ガンは蹴り飛ばすが、そこに『あいつ』はいない。


「バカっ! あいつ前線に行きやがった! この命令違反は見過ごせねえぞ! ジンク~~っ!!!」


 周囲の軍服の男達は、(ああ、またあいつか) なんて思いながら、障壁の展開を進めている。これが彼らの日常なのだ。


 上官の怒号と、それを止める異常事態。

 爆撃と弾丸の恐怖すら忘れさせる、無慈悲な日常。


 そして彼らにとって、この戦争にちじょうが終わることはない。


 リギニオン大陸最大の国、ヴォルシア帝国は現在、北の二国と戦争中である。

 もはや国民は、なぜ戦争が始まったのかすら覚えていない。


 ◯


 ヴォルシア帝国、バビオンシティには丁度、今日の朝日が昇っていた。

 ガィン――と。鉄がカッチリはまったような、耳障りのいい音が響く。


「アグルーありがと。よく頑張った。」


 その少女は、首にかかった紐の先の鈴をカランと響かせて、地面に足をつけた。

 一方、頭からしっぽの先まで3mはありそうな赤筋のある大鷲は、停まり柱に掴まって、なんでもなさそうな顔をしている。

 少女は、大鷲のマークがついた赤い帽子を雑に整えてから、ドンドン、と、豪快にノックを打ち付ける。


「ごめんくださ~い。配達屋イーグルです! お届けものをお持ちしました!」


 よく通る気持ちのいい声だ。少女は赤を基調とした配達屋の制服を整えながら、住人が出てくるを待っている。

 ガチャ――。ゆっくりと扉が開いた。

 出てきたのは初老の男性だ。少しやつれた顔をしている。


「配達屋さんが、何の用ですか?」


 かすれた、日々の疲れを感じさせる声。

 だが、少女は全く意に介さないようで、笑顔で応対を続けた。

 胸ポケットから一枚の手紙を取り出す。


「息子さんから、お手紙を預かりました。ジェイニーさんで合ってますよね?」


 少女が問うと、カタン――。初老の男性は杖を落とした。目は見開かれ、手は震えている。


「息子から……手紙!? 見せてください!」


「わわっと」


 男性は少女から強引にそれを奪い取ると、手紙を広げた。


「確かに、息子の字だ。まだ生きてたか。あいつ……。」


 目元に涙を滲ませて、一度、手紙を懐にしまう。


「あ、すいません。申し遅れました。私がジェイニーです」


 ジェイニーは顔を上げると、再度、驚いた。

 水色の目をした、長い真っ白な髪の少女である。全体的に薄い少女の容姿は、どこか人形じみているのに、全身から生気がこぼれている。そのギャップが、少女をさらに強く見せていたのだ。


「いえいえ。大事に読んで下さい。息子さんはずっとご両親を気遣ってましたから」


 それを聞いて、ジェイニーは目を細める。


(まったく、年をとると涙腺がゆるくなって困るな)


「分かったよ。本当にありがとう」


 お互い、クシャっと歯を見せて笑った。


「くぁーー」


 大鷲、アグルーの鳴き声が聞こえてきた。


「お、どうやら朝日ですね」


 呟き、少女は振り向く。

 今日も今日とて、町を照らす陽光が、顔を出していた。

 ふと、ジェイニーが言う。


「でも、息子は今、西の戦場、イェルムドで戦ってるんじゃないのか? ここまで相当距離が……」


「そうですね、だいたい2000キロくらいです」


「にせ――!? はぁあ~。荷物なしとはいえ、ヴォルシアイーグルってのはそんなに長い距離を移動できるのかい。それも世界樹林を超えて」


「荷物があっても出来ますよ。配達にはぜひ、ヴォルシア東配達会社〈イーグル〉をご利用下さい!」


 ちゃっかり宣伝すると、少女は指を加えて、指笛をふく。

 すると、アグルーは翼をバタつかせながら、少女の右側に着地した。


「では、私はこれで」


 アグルーの大きな背中に飛び乗ろうとする少女を、ジェイニーが止める。


「ま、待ってくれ。名前を聞かせて欲しい」


 飛び乗ってから、少女は答えた。


「リーレイです! また会いましょう! アグル-、お願い!」


 地を打つ翼が風を吹かす。ジェイニーが目をつぶって、次に開けたときには、少女の姿はもう遥か遠くであった。


「国と戦場を駆ける橋〈イーグル〉か。あんな若い女の子が、世界樹林を超えて国中を巡るんだから、時代だねえ。」


 呟くと、ジェイニーは部屋に戻る。


 大事な一人息子からの手紙を、早く読まねば

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