episode.3

 カルトとブームが無意味な言い争いをしている最中、バイクは思考を巡らせる。


 先程の行動はただの馬鹿騒ぎだったとして問題は杭だ。


 人間ではどうあがいても死徒を完全に消滅させることはできない。


 この世界に来た当初、我ら死徒が人間風情より遥かに優勢であった。


 が、一握りの聖者だけが持つ秘術によって作られた聖なる杭は死徒にとって最悪の抑止力となってしまった。


 心の臓に杭を打たれれば死にはしないがその杭が抜かれぬ限り生きたままその場に留まることになる。


 何十年と杭に打たれたまま洞穴に閉じ込められ、このまま何百年と過ごすのかと感じていたとある日、気が付くと杭は抜けていた。


 どのような力が働いたのか検討もつかなかったが、それよりも腹が減っていた。


 そして美味くもないババアを貪り、若い娘を久方ぶりに喰えると思っていたら無駄な邪魔が入ってしまった。


「まぁ、良い。一人が三人になったのだ。まずはお前ら二人を喰らわしてもらうぞ。娘はそれからだ」


 殴り合い一歩手前まで口喧嘩をしていた二人がバイクに視線を向ける。


「お前めっちゃ噛ませ犬みたいなこと言うのな」

「仲間に死徒の中で最弱って言われてそうなキャラだな」

「それすげぇわかるわ」


 人間の無駄話など聞いていても無駄だ。

 バイクが前傾姿勢となり禍々しく口を開く。


「あぁぁぁぁぁ!」


 狙いはブームに向けられていた。

 カルトの杭は危険だがまずは頭数を減らすことを最優先に考えた結果である。


 このままブームに噛みつき勢いでカルトとの距離を取る。


 一対一となればあの大型の杭の動きを見切ればどうということもない。


 バイクはそう考えていた。


 ブームの右掌が自分に向けられるまでは。


「喰」


 本能が死を直感した。

 自分の意思とは無関係にバイクの身体は横に跳ぶ体制は崩れ片膝をつく。


「やっぱり発動から出るまで遅いからカルトが杭打たないと当たらないね」

「本当に使えねぇ能力だな」


 確かに見えた。

 横に跳んだ時、視界の端にドス黒い死の塊が蠢いていた。


「やっぱり俺が世界一強いって事だな!」


 カルトが床を踏み込み杭を勢いつけ体制の崩れたバイクの横っ腹に一撃をいれる。


「ぐあっ!」


 激痛がバイクを襲う。

 人間の使う汎用的な武器では痛みを感じることはない、だが、祝福を得た杭は別だ。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 杭が当たった箇所が燃えているように熱い。

 まるで神経を直接触れられているような激痛。

 心の臓に撃ち込まれ、無限に感じていた痛みが呼び起こされる。


「そら、こんだけ弱かったら俺のこと知ってるわけねぇか」


 カルトがバイクを見下ろしながら杭を振り上げる。


「杭を……打ったところで死徒は死なん……」


「知ってること飄々と語るなっての」


 カルトの杭が勢い良くバイクの心の臓に突き刺さる。


「がぁっ!」


「さて、これで動けなくなったな」


 身体も動かせず、声を発することも出来ないがバイクの意識は残っている。


 今回も人間に杭を打たれたが、また次の機会を待てばいい。


 人間に出来ることなどここまでだ。


 ただ一つ気にかかる事は。


「君、一つ聞いていいかい?」


 ブームが腰を下ろし杭を打たれているバイクに話しかける。


「僕のこと知ってる?」


 知らぬ。お前は誰だ。


「そっか、じゃあ消えてもらおうかな」


 なに?


「喰」


 ブームの右掌から感じた死の匂い。

 ドス黒い塊には目がなく、あるのは涎を垂らし狂ったように笑っているかのような口が一つ。


 これは何だ。これは一体。

 喰われる。


「どうだい? 自分が喰われる側になった気分は?」


「来世があったらきちんと償え馬鹿野郎」


 グチャ、グチャ


 グチャ、グチャ


 生々しい音が響き、そこにあったはずのバイクの身体はなくなり、杭だけが床に突き刺さっていた。

 

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