第5話 公園

 子どもたちと3時間くらい公園にいた。俺も小学校の時以来、40年ぶりに鬼ごっこをした。普段ジョギングをしているから足は速い。子どもたちは俺に追いつけないし、俺が鬼だとすぐ捕まえられる。だから、わざと遅く走って、捕まってあげる。子どもたちはキャッキャ言って喜ぶ。子どもはまるで鏡のように無垢で裏表がない。子どもってこんなにかわいいんだ。俺はそのことを始めて知った。


「お休みの日なのにごめんね」

 妻が言った。

「いいよ。子どもと遊ぶのって楽しいね」

「そう?だったらよかった。前は、休日でも一緒に遊んでくれなかったから」

「そうだっけ?」

「うん。普段忙しいのに、何で休日も休めないんだって怒ってたじゃない?」

 嫌な旦那だなと思う。俺、そんな設定なんだと、少し寂しくなる。

「ごめん・・・君だって働いてるのに」

 俺は台本があるかのようにわざとらしいセリフを吐く。

「ううん。いいの。やっぱり大変なお仕事だから」

「うん・・・ストレスが多くてさ。部下が出来ないやつらばっかりで。何でも俺に聞いてくるんだよね。イライラしちゃって」

「あなたが色々知ってるし、聞きやすいからよ」

「レベルの低い会社だから大変だよ・・・」

「あなた、そんな中でよく頑張ってるわ」

「うん。俺がいないと回らないんだよ。誰も全体がわかる人がいないから」

 俺は子どものことを忘れて、普段のうっ憤を奥さんに吐きだしていた。今までそんな話を誰にもしたことがなかった。

「本当は管理職なんてやりたくないんだけどね・・・他になり手がいないから俺に回って来て・・・残業代はつかないし、できない部下の尻ぬぐいしないといけないから、毎日ブチ切れそうになるよ」

「そっか・・・大変ね。仕事自体難しいのに、マネジメントもしないといけないなんて」

 彼女は親身になって聞いてくれる。それに、声が優しく、心地がいい。まるでカウンセラーみたいだ。ずっと話を聞いてもらいたい。俺たちがしんみりしていると、子どもたちが駆け寄って来た。もうちょっと話したかったんだけどな。でも、いいや。俺は気持ちを切り替え、笑顔を作る。


「パパ!かくれんぼしよう!」

 男の子が言った。

「隠れるとこなくない?」

「あるよ、滑り台の中とか!」

「あ、今、隠れるとこ言っちゃった」

 お母さんが笑う。

「あ!」2人ともしまったという顔をする。

 明るくて最高の家族だ。この人はシングルマザーなんだろうか。もし、そうなら力になりたい。


 奥さんはずっとベンチに座っていたから、子どもたちが遊び始めると、俺は隣に座った。

「ねえ、仕事はどう?」

 俺は尋ねる。旦那が奥さんの仕事を知らないのはおかしいから、台本の設定を崩さないように、さり気なく聞いた。

「相変わらずかな」

「どんな仕事だっけ?」

「まあ、3Kかな」

「汚い、危険、給料安い?」

 こんな素敵な人が、そんな仕事をしてるなんて。俺はショックだった。

「建築現場とか、肉体労働系?」

「まあね。あなたみたいなきれいな仕事じゃないのよ」

 上から目線だが、こんな素敵な人が3Kの仕事に就いているなんて、かわいそうだと思った。もっと、楽な仕事をさせてやりたい。俺の会社のパートでもと思うが、流石にどんな人がわからないので言い出せない。

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