第4話 レンタル家族

 山羊さんと別れてから、俺は歌舞伎町の風俗に行ったが、プレイの間もずっとレンタル家族のことを考えていた。風俗だって彼女や奥さんのふりをしてくれているわけで、サービスを金で買っている。目の前のアイメイクの濃いお姉ちゃんを目の前にして、誰かいないかなと考えていた。


 俺は孤独な男だ。身勝手で、普段は一人が好きだが、外に出かけた時に寂しくなる。みんな誰かと一緒にいるのに、俺には連れがいない。いっそ、夜の生活も面倒見てくれる、レンタル奥さんがほしい。本音で接するんじゃなく、いつも営業スマイルをくれるような人がいい。俺を否定しないで、本当の家族みたいにふるまってくれる人たちが家にいたら、どんなにいいか。


 本当の奥さんだと、夜に誘っても断られたり、風俗の人のようにイッたふりはしてくれない気がする。子どもだって反抗して、クソジジイとか死ねと言ってくるだろう。そういうのは嫌だ。ただ、いいところだけがほしい。そんなの無理だと思うかもしれないが、俺は傷つきやすい男なのだ。結婚したいけど、奥さんと気まずくなったらどうしようと考えると踏み切れないでいる。


 俺はまた山羊さんに会うことにした。レンタル家族を探すにはどうしたらいいか。どういう人がおすすめかなどを相談するためだ。はっきり言って、ただ彼と喋りたかったんだと思う。普通に考えたら、そんなことを彼に聞いても仕方ないからだ。


 結論として、俺は山羊さんにレンタル家族を紹介してもらうことになった。


 それから1週間後、家にやって来たのは、普通の見た目の女の人と、男の子、女の子の3人家族だった。女の人は30代半ばくらいで、ちょっと疲れた感じの人だったが、まあまあ綺麗なひとだった。子どもたちもかわいかった。


 最初に会った時の第一声は「ただいま」だった。奥さんが地方に赴任していて、子どもを連れて大阪で暮らしていたが、今日戻って来たと言う設定になっていた。


「お帰り」

 俺も白々しく言う。子どもたちは、泣きながら抱きついて来た。

「パパ〜」

「やっと会えたね」

 この世に俺をこんなにも必要としてくれる人がいるのか。俺はひどく心を打たれた。

「会いたかったよー」

 女の子は泣いていた。隣でお兄ちゃんも歯を食いしばりながら、涙を堪えていた。


 レンタル家族は、週末、我が家に一泊することになっていた。うちに着いたのは午前10時だった。帰るのは明日の夕飯を食べてすぐだ。子どもの学校があるからだろう。


「もうすぐ昼だし、近所のファミレスでも行こうか?」

 俺は提案する。風呂に入らないで居間にいても寛げないし、汚いと思ったからだ。俺は普段から人を家に上げないタイプだった。

「いいの?やったー!」

 子どもたちがはしゃぐ。泣いてたのが嘘みたいだ。俺も嬉しくなる。

「外食が久しぶりだから、よかったね」

 お母さんが明るく言った。

「普段は外食しないの?」

「うん。外食は割高だからね」

「じゃあ、今日は好きなもの食べていいよ」

 俺は嬉しくなる。ファミレスの料理なんて大して美味しくないと思うが、子どもはそれでも喜んでくれる。


 ファミレスは駅の近くに会ったから、家族でそこまでぞろぞろ歩いていた。普段家族連れを見ていて寂しくなるのだが、今日は俺にも連れがいる。それが嬉しかった。


 子どもたちは、一緒にいて恥ずかしくなるくらい大きな声で「僕ハンバーグ!」「私はオムライス」などと叫んでいた。

「しー。お店では静かにね」

 お母さんがたしなめた。怒鳴ったりしないで、優しく諭す。素敵な人だなと思った。こんな人が奥さんだったらいいなぁ。俺のことを責めたりしないで、いつも庇って、立ててくれそうだ。


「パパはご飯どうしてるの?」

 お母さん・・・いや、奥さんが俺に尋ねた。 

「一人だから大体軽い物を食べて終わりだよ。昼は外食してるし」

「そっかー。栄養足りないね」

 娘が言った。

「そうだね。いいなぁ。みんなにぎやかで」

「じゃあ、一緒に暮らそうよ!」

「そうしたいなぁ」

 俺は思わず声を上げた。

「まあ」

 奥さんが上品に笑った。かわいらしい。顔はタイプじゃないのに、人柄に惚れてしまいそうだった。

「デザートも食べていい?」

 男の子が尋ねた。

「うん。残さないで食べられるんならいいよ」

「そう、そう。食べられる分だけ頼むのよ」

 妻が俺に同調する。その心地のいいことと言ったらなかった。いい奥さんだ、この人は。子どもたちは、店の人が持って来てくれたおもちゃの包装を取って遊び始めた。どうせ100均で売っているような安物なのだが、本気で喜んでいる。子どもは純粋だと感激した。こんなかわいらしい子供たちの成長を身近で見ていたい気がした。


「いい子達だね」

「あなたの子だもの」

 妻が微笑む。

「え?君の育て方がいいんだろうね」

「ありがとう」

 妻が幸せそうに頷いた。俺も誰かを幸せにしてやれるのだろうか。こんなクズみたいな人間でも親になれるだろうか?


「パパ。ご飯食べたら公園に行きたい!」

 女の子が言った。

「僕も!」兄が嬉しそうに叫ぶ。

「じゃあ、近所の公園に行こうか」

 公園なんかクソつまらない場所だ。子どもはそれでも楽しいのか。似たような遊具があって、そこを登ったり下りたりするだけなのに。


 独身だから児童公園に詳しくないが、近所に子ども連れがたくさんいる公園があった。ご飯を食べ終わったらそこに行こうと決めた。俺は姪っ子、甥っ子に会ったこともないから、子どもとどう接していいかわからなかった。


 でも、子どもたちはそれを忘れさせるくらい人懐っこかった。そして、2人ともおしゃべりだから、一緒にいて楽しかった。


 


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