第11話 ヨシュアの反撃

 北側の塔の高いところで、物思いに耽るのが常になってしまった。そんなヨシュアは、フリードリヒから頼まれた『ある事』について思いを巡らせる。

 『媚薬を少しでもいいから手に入れてほしい』

 それが頼まれた内容だ。

 確かに、ライラは毎度のように媚薬を勧めてくる割には、部屋から持ち出すことを決してしない。どこから仕入れているのかもわからないし、もしかしたら城内で作らせている可能性もある。突くとしたら、その仕入れの瞬間かもしれない。だが、うまくいくイメージが今のところ浮かんでいない。

 何のために必要なのかも聞いている。それは、ヨシュア自身を解毒する為と、フリードリヒが国に持ち帰って解析し、この国の薬学の技術を取り入れるきっかけにしたいという両方の利権が絡んだ依頼だ。まあ、フリードリヒも、恩は返すと言っても慈善事業にするつもりはないらしく、ちゃっかり者である。放蕩息子と言われているらしいが、抜け目ないあたり、実はかなり国にとって有益な人物なのでは?と思ったりもする。イチ村人のヨシュアは、自分にはそんなこと関係ないけどな、と思っているが。

 しかし、マリーとアンナに世話になったと聞いた時は正直、はぁ?ふざけんなよと思ったのだが、倫理的に何もしていないと誓った事もあり、その話は一旦傍に置いた。

(マリーも不用心なんだから…。)

 少し呆れたヨシュアだったが、何事もないと知らされて、村に帰った時も普通だったし、本当に何もなかったのだろうと安心した。

 気になった事と言えば、自分みたいな凡庸な村人より、フリードリヒみたいに整った男性のが魅力的に見えたりしないのかな、という事くらいだ。

 身分は隠したらしいが、普通に見て整った顔立ちといい、手入れされた髪といい、どう考えても自分より上だ。

 もしマリーに「私、好きな人ができたの」と言われたら…耐えられそうにない。

 でも、きっとそれはないのだろう。ヨシュアは、あの時ぐしゃぐしゃに泣きながら走り去ったマリーを見て、それを再確認してしまった。あの後呆然としながらも、その悦楽に浸っていた。そんな自分を最低だと思いながら、でもやっぱりマリーの反応が嬉しくもあった。

 裏切られたと思われるのは仕方ない。実際に裏切ってしまったのだから。

 でもヨシュアは独りではなかった事に後から気づいた。それがフリードリヒの存在だ。

 だから感謝もしている。今はヨシュアとマリー達の橋渡し役として動いてくれているように思う。ヨシュアの身に起こっていることを説明してくれると言っていた。

 あの後、この場所で身を投げようか迷っている時、声をかけてくれて本当に助かった。

 理解されないまま死んでいく事がどれほど悲しいかと思って躊躇っていたところだったからだ。

 さて、とヨシュアは考えを巡らせる。

(普通に考えて、容器に入れて持ち運ぶ事は…無理だな。とすればー)

 ヨシュアは名案を思いついたが、それはかなりのリスクを伴う作戦だった。しかしやらなければいずれは自分は死ぬのだと考えたヨシュアに迷いはなかった。

 後はライラに呼ばれるのを待つだけだが、今はマリーとヨシュアとの関係を壊した事に満足しているらしく、しばらくお呼びはかからないかもしれない。

 ふざけるな、とヨシュアは心の中で叫ぶ。いくら『犬』と言われようと、ヨシュアにだって矜持くらいある。

 フリードリヒがマリーの誤解を解いてくれると信じて、ヨシュアは戦う決意を固める。

 戦って、この呪縛から抜け出し、村へ帰ってマリーを幸せにしたい。ヨシュアの原動力はいつだってマリーだった。物心ついた時には既に隣にいたマリー。アンナを実の妹のように可愛がってくれて、まだ結婚はしていないけどヨシュアの中では既に3人で家族だった。

 お互い早くに両親を亡くした。だからこそ支え合って生きてきた。ヨシュアはもうマリーなしの人生など考えられなくなっていた。だからこそライラの仕打ちに対してより闘争心が湧いた。

 ー絶対に負けてなるものか。

 この国の王に楯突くという畏れ多さはあるが、これは一個人の尊厳の戦いであるとヨシュアは思う。いくらイチ村人だからといって、相手が王だからといって、こんな不当な扱いを受けていい訳がない。一番はライラが改心してくれる事だが、ヨシュアにはそれほどの力は備わっていないことは自分が一番よく理解していた。

 あの横暴な女王の振る舞いを正せる人間とかいるのだろうか…。ライラの想いを知らないヨシュアには想像もつかなかったのだが、フリードリヒは理解していた。ただ、それは今度はフランツを不幸にしかねないという思惑から、敢えてフリードリヒは何も知らないふりをしているだけだったりする。フリードリヒにしてみても、重臣であるフランツを差し出して不幸にするような真似はしたくない。幼い頃から世話になってきた分、思い入れもある。

 フランツは誰にでも優しいから、ライラの事も無下にはしないだろう。だが、それはフランツ自身の首を絞めるのと同じことだ。というのも、フランツにはフランツで想い人がいて、お互い将来を誓い合う仲だったりする。ただ、フリードリヒがいつまで経っても身を固めないせいで、家臣である自分が先に結婚するわけにはいかないというとても真面目な理由で先延ばしになっているだけなのだ。そこまで知っていながら身を固めず遊び歩いているフリードリヒは結果的に今、フランツを不幸にしていないわけではないが、フリードリヒがどうして身を固めないのか、そして放蕩息子と罵られながらものらりくらりと縁談を躱し続けているのか、フランツはそれを慮って何も言わないだけなのである。

 側にいればわかることだ。フリードリヒの目には誰が映っているのか。

 多分誰も気付いていないし、本人の自覚も薄いから、フランツも今は何も言わずに見守っている。きっと自覚した時、本人は否定するかもしれない。という程には淡い感情に思える。

 と、フランツは考えを巡らせたところで、今日も城内にいないフリードリヒの捜索に出る事にする。もう良い歳だと言うのに、まるで子供みたいだ。

 そういうところが放っておけなくて、オチオチ自分や自分の想い人にかまける暇もないのだが、ちゃんと将来立派な王になれるのだろうか。その子供ができた時も、こんな風に毎日追いかけるのだと体がついていかないかもしれない。いや、その頃は自分も落ち着いて、自分の子供に任せられるようになっていたいものだ。

 フランツは半ば爺やっぽい発想をしながらも、こんな毎日に嫌気がさしているわけではなかった。フリードリヒは昔からアクティブで、じっとしていることの方が少なかった。それがわかっていて仕え続けるという選択をし続けてきた。だから、これで良いのだ。

 

 一方のフリードリヒは、相変わらずライラの国をフラフラとしていた。

 と言うのも、城に入り浸るのも、ライラに気持ち悪がられるし、一つ所に留まるのは苦手だ。それに、あまり城にいては、こちらの思惑が読まれて、出禁になるかもしれないし、あくまで隣国から遊びに来ているという体で、マリーやヨシュアの世話を焼いているという事は知られてはまずいからだ。今日はマリーから頼まれたヨシュアへの差し入れ、栄養価の高い丸薬を届けに来たが、ヨシュアと接点があると思われないように工夫するのが大変だったりする。

 でも直接本人に渡さないと、どこで没収されるかわかったものではないので、できるだけ短時間で、目立たないところでヨシュアに接触する。ただ、ヨシュアに監視がついているので、それをどう誤魔化すかという問題が主だ。最近ヨシュアがよく北の塔にいることはライラには筒抜けなので、それ以外の場所を選ばなければならない。

 フリードリヒは日当たりの良い庭先に座ってヨシュアが通り過ぎる瞬間を狙う。こういうのはコソコソと暗い場所や狭い場所を選んでやるからバレるのだというのが持論だったりする。

 特にヨシュアに連絡は入れていない。そんなことをすればライラに伝わってしまうからだ。ただ、通るか通らないかわからない場所で、適当に待ち伏せする。それが一番バレない方法だ。

 そういう時に限って通るのがヨシュアという不運だか幸運だかわからないものを持っている男の性なのである。別にフリードリヒを意識したのではなく、その先にハーブ園があり、マリーの好きそうな植物がないか見てみたい、という知的好奇心から偶々通りかかったのである。

 ヨシュアはもうマリーを追うことでしか生きられない程に疲弊していた。

 そんなヨシュアに声をかける事もなく、ただ肩先をぶつけたように見せかけて丸薬だけを押し付け、フリードリヒは去っていく。

 ヨシュアも歩みを止める事はなく、というのも立ち止まると監視に探られるので、ハーブ園に到着した頃、中身を改めるにとどめた。特に手紙などは入っていなかったが、それがマリーからの差し入れであろう事はヨシュアにはすぐに察しがついた。なぜなら、丸薬はマリーの家に伝わるもので、風邪などを引いて食欲がないとき、よく作ってくれたものだったからだ。

(マリーに見捨てられらわけじゃない。まだ生きられる…!)

 ヨシュアはそれが涙が出そうな程嬉しかった。

 

 そしてその夜、ライラからの呼び出しがかかった。

 

 ヨシュアは諦めかけていた生きるということを再び始めるために、戦う決意を新たにした。

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