第8話 マリーの不安
マリーはヨシュアの事が心配だった。家に仕送りを、と思うあまりに無理をしていないだろうか。久しぶりに帰ってきたヨシュアの姿を見れば尚更不安になった。
(あれは自然に痩せているとは思えない…。)
マリーは薬師である分、それなりに医学にも精通している。三ヶ月前に見送ったヨシュアの姿と比較すると、どうしても引っかかる物があるのだ。
しかしヨシュアの口から何も語られない以上、問い詰めるのはヨシュアを疑うことになる。それは頑張ってくれているヨシュアに対して失礼ではないだろうか。
今はせめて、訓練の事は忘れて、ヨシュアに安らぎを提供することしかできない。マリーはそう思う事にした。少しでも戻って訓練が辛くならないようにと、食事に気を配り、これ以上ヨシュアが痩せてしまわないようにと、その思いでいっぱいだった。
マリーはヨシュアの好物を毎日懸命に作っては出した。滋養にも良い薬草を食事に混ぜたりもした。ヨシュアはそんなマリーの努力を知ってか知らずか、日に日に顔色が良くなってきているようだった。
ヨシュアは、マリーが一生懸命に食事を作ってくれている事を感じ取っていた。自分ではそんなに実感はないが、随分と痩せこけているらしい事はマリーの言動からわかった。毎日を生きていく事に精一杯で、見た目が変わってしまっていることまで気が回らなかった。マリーの作ってくれる食事は、王都で食べる砂みたいな食事と違い、ちゃんと味がして、とても美味しかった。食べた後に気分が悪くなるという事も今のところない。
王都にいると、どうしても女王との一連の行いがフラッシュバックしてしまい、食事の度に気分が悪くなって戻してしまう。それは、マリーへの罪悪感や、自分に対する嫌悪感など、原因は様々だが、それが結果として栄養が摂れない原因なのは間違いなかった。
それでも、食べなければもっと悪いことになると、二度とマリーのところへ帰れなくなると、そう思い口にするだけは口にした。ヨシュアはそうまでして生にしがみつく自分の醜さのようなものも感じながら、それでも生きなければならないと感じていた。
(二人を遺して死ぬことだけは絶対にー。)
今のヨシュアを突き動かすのはこの執念だった。
何度も死のうと思った。こんな辛い想いをするくらいならと。
だが、脳裏に浮かぶマリーとアンナの姿を思い返し、その度に思い留まってきた。
ライラに弄ばれ、恥を忍んでなお生きようとするヨシュアの心は二人にしかなかった。
マリーはヨシュアの顔色が少し良くなってきていることに安堵した。
ここにいるヨシュアは、以前と変わらない優しいヨシュアだ。本人の言う通り、慣れない訓練について行けなかっただけなのかもしれない。
(だとしたら。あの時感じた薬の気配は気のせい…?)
マリーは王都へ行った事もなければ、ましてや城の中に入った事などない。そこで何が起こっているかなどと、到底及びもつくはずがなかった。
考えても仕方ないことで悩んでいても仕方がない。マリーは気持ちを切り替えてヨシュアを元気付ける方法を考えることにした。
と、そこへ森へ出掛けていたヨシュアが手土産を持って帰ってきた。
「今日は偶然ウサギが獲れたんだ、皆で食べよう。」
それを見たアンナが嬉しそうにヨシュアに駆け寄る。
「わ〜っお肉だ!お兄ちゃんすごい‼︎」
ヨシュアの剣の腕が上がったと言うのもあながち間違いではないようだ。
「よーし、じゃあ香草焼きにしようかな?」
マリーは庭で育てた香草をふんだんに使って調理した。
こうして少しヨシュアの体調が良くなった頃、帰宅を許されていた一週間があっという間に終わってしまった。
「ヨシュア、本当に無理してない?無理してるならやめたって良いんだからね?」
ヨシュアが王都に戻る日、マリーはそう声をかけた。体を壊すくらいなら、お金なんてなくっても良いから、三人で暮らせばいい。マリーはそう思っていた。
ヨシュアは、マリーに優しく応える。
「俺は…大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。でもいずれは三人で暮らそう。」
そう言ってヨシュアはまた旅立って行った。
三日後ー
「ヨシュアが帰ってきたのね?うふふ、嬉しいわ。そうよね、帰ってくるしかないわよね?」
ライラは報告を受けてそう囁いた。
「だって。帰ってこなかったらマリーちゃんとアンナちゃんを死ぬより酷い目に遭わせてあげるわね、って言ってあったものね?」
ライラは歪んだ笑みを深めながら我ながら良い演技だったと振り返る。
ヨシュアは一人、また王都の自室にいた。
「くそっ。」
ヨシュアはライラの脅しに屈するしかなかった自分の情けなさを悔いていた。
でもマリーとアンナを危険な目に遭わせるくらいなら、自分が犠牲になる方がマシだ。あの女王のことだ、もし自分が戻らなかったら、本当にマリー達に危害を加えかねない。なぜかヨシュアはライラに気に入られてしまっているらしく、呼ばれることも少なくない。その分束縛も酷いようだ。また砂の食事とそれを吐き戻す日々が始まろうとしていた。
その三日後ー
マリーの元へ、王都からの使者を名乗る一団が馬車に乗って現れた。
「大変です、ヨシュアさんが訓練中に倒れて、危篤状態です!一緒に来てください。」
その一報を聞いたマリーは、すぐさまアンナを連れて馬車に乗り込んだ。
到着した初めての王都は、冷たい石造りの壁に囲まれていて、マリーは戦慄を覚えた。
(ヨシュアはこんなところで一人で頑張っているんだ…。)
危篤状態だと聞かされていて、気が気でないマリーは、早くヨシュアの状態を診させてほしいと申し出ていた。
だが、王都の医者が診ているからとそれは断られ、王都について丸一日経ってもヨシュアに会わせてもらえる気配はなかった。
マリーはアンナと身を寄せ合いながら、最悪の事態だけは避けられますようにと天に祈っていた。
その時のマリーは知る由もなかった。
ライラの悪辣な陰謀をー
ライラの私室
「ふふ、まんまとかかってくれたわね、マリーちゃんとやら?遠くからだけど、その姿見せてもらったわ。ヨシュアが熱を上げてるだけあって、可愛らしいこと。でもね、そのヨシュアが『お仕事』する姿、ちゃんと見てもらわないとね?」
クスクスと嗤いながらライラは次なる計画を練る。
「今日、ヨシュアを呼ぶわ。その姿をマリーちゃんに見せつけてあげるの。ヨシュアは普段こんな風にお仕事してま〜すってね。村で何も知らずに待つより、ずっと良いと思わないこと?私ったら、なんて親切なのかしら。うふふ。」
恍惚とした表情で、口にし終えると、部屋の隅にいた衛兵に指示を出す。
一方、マリーと鉢合わせないよう画策された城の中で、何も知らないヨシュアは、まさかマリーがこの空間にいるとは思っておらず、その日も女王か呼ばれたという命令を淡々と受け取っていた。またか、くらいの感覚になってしまっており、嫌々ながらも行為に及ばなければヨシュアの首が飛ぶか、それならまだいいが、女王はその背後にいるマリーとアンナにも手を出そうとしている。それを思うとヨシュアに拒否権は相変わらずなく、今日も無理矢理媚薬に頼ってでも行為に及ぶしかないのである。
最近思ったのだが、ライラをライラだと思わず、目の前にいるのはマリーだと錯覚すれば、などと妙なことを考え始めた。それほどにヨシュアの中ではマリーに対する想いは募っており、逆にライラを女性として見られなくなってきてしまっていた。目の前にいるのは、マリーでなければただの怪物だ、とさえ思うようになっていた。
ヨシュアの心もまた壊れつつあった。
そしてヨシュアは呼ばれるままに部屋に足を踏み入れてしまう。
これがライラの罠だとも知らずに。
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