第6話 ライラの焔
ああ、誰か私を掛け値無しに愛してくれないものかしら。
私は寂しい小鳥。小さな心臓を震わせ、雨の過ぎ去るのを待つ小鳥。
薬なんて使わずとも、甘く愛を囁いて、私を蕩けさせてくれる誰かを待っている。
誰も私の中身を見ようとはしない。
だから私は使うわ、あの薬を。
アレだけが私を癒してくれる甘い蜜。
男は須く私の前に跪くがいいわ。
ああ、でもなぜかしら。この満たされない思い。
誰か私を愛して。
あの薬を使うほどに私も空虚になっていく。
誰か助けて。いいえ助けなんていらない。
そして愛もいらない。
力で全てを支配してみせるー。
ライラは日々矛盾に苦しんでいた。愛を求める自分、愛などまやかしだと否定する自分。力では手に入らない何かを求める自分、力こそ全てだと信じる自分。挙げればキリのない、無限に矛盾していく自分に。そして苦しみを紛らわせる為、『犬』を呼びつけては薬で操り、男の愚かさを痛感することによって自分を救っていた。そんな自分は狂っていると思った。でも、私に従うしかない男達の方がもっと狂っていると思い込み、それでまた自分を慰めていた。その元凶がライラだという事は棚に上げて。
人間はなんて愚かなのだろう、そして自分もなんと愚かなのだろう。
ライラは自分の愚かしさを他人以上に痛感しつつも、そうしなければ自分を保てなかった。女王は狂っている、ライラの行動を知る者は口々に陰でそう囁いた。
(何とでも言うがいいわ、私は私でしかないのだからー。)
欲しいものは手に入らない。ならば全て壊してしまえばいい。
ライラの欲しいもの、それはフリードリヒ、ではなく、彼の付きであるフランツだったりする。幼少の頃、誘拐されかかったところを助けてもらって以降、ライラはフランツに熱を上げた。しかし、隣国の、それも王子ではないフランツと、結ばれることは難しかった。そしてそれを知っていたがために、フランツに想いを告げることもなく、ライラは狂っていった。欲しいものは悉く叶わない。だから全てめちゃくちゃにしてやろう。ライラは昏い焔を胸に抱くようになった。
フランツはライラの行動を知らぬわけではないと思う。だが、ライラを軽蔑する事なくあの頃と変わらず優しかった。それがライラにとってはまた苦しくもあった。いっそ軽蔑され、寄るなと言われてしまった方が楽だったかもしれない。フランツのその優しさが、一層ライラを苦しめていた。フリードリヒは若干ライラを避けているきらいがある。それが自然だとも思う。こんなに汚れた姿を直視しろという方が無理がある。だから花嫁候補にも上がらないのだろう。フリードリヒに付け入っておけば、いずれはフランツを誑かせるかもしれない。が、そんなものには乗らないのがフランツという人間なのである。真面目で、正義感が強く、聡明で、決して驕らず、主を差し置いて前に出ることもしない。ひたすらフリードリヒの影であり続けるフランツのそんなところがまたライラの胸を焦がした。
常に一緒にいられるフリードリヒが羨ましく、そして妬ましかった。できれば代わってほしかった。隣国に生まれなかった自分を呪ったことさえあった。
(なぜあの人の隣にいることが許されないの?)
女王なんて地位のせいだろうか。他の女のものになるなんて絶対許せない。結婚なんて聞いたらいよいよ発狂しそうだ。相手の女を呪い殺してしまうかもしれない。いや、物理的に殺そう。ライラはその内なる焔に身を焦がしながら、そんな妄想をしていた。フリードリヒが放蕩息子でいてくれることがライラにとっては救いだ。なぜならフランツは、フリードリヒが身を固めない限り自分が先を越すことはできないという考えの持ち主だからだ。
『アレ』を使ってでもフランツを意のままにすることができたならー。ライラはもう手段を選ぶ気はなかった。しかし国際問題を起こす程ライラは愚かではなかった。そこがまたライラのジレンマを生み、結果『アレ』を使った遊びへと発展していった。そうしてライラ自身も蝕まれていく蜜毒。その甘い毒の侵食にライラもまだ気づいていなかった。
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