第5話 フリードリヒ
「さて、と…。」
フリードリヒは王都へ続く森の茂みで着替えを済ませると、元の服は器用にしまい、再び馬に跨って王都へと進む。
「今回はうまく撒けたかな?」
鼻歌混じりに機嫌よく王都へと進んでいると、前方に見知った顔が現れ、フリードリヒは追手を撒くのに失敗したことを悟り、軽く舌打ちをした。
「やはりこちらにおいででしたね、フリードリヒ殿下?」
現れたのは、側仕えのフランツだった。フリードリヒは隣国の王子という身分を隠し、好き勝手に諸国を歴訪しているため、親からは放蕩息子と呆れられているのだった。今回ここを選んだのは、この国の王都の発展した薬学を視察するためだった。
(そういえば、彼女も薬師と言っていたっけ。)
フリードリヒは先日出会ったマリーの事を少し考え、あのような辺境の村にも薬師が存在するこの国の薬学により興味を持ったところだった。
ただ、旅人に変装したままこの国をうろつき、見つかったら厄介だ。フリードリヒはまず女王ライラに謁見して、面を通しておく方が楽だと考えた。
というのも、流石王族同士で、幼い頃から親交があり、フリードリヒがライラの国を訪れる事は別段珍しくもなかったためだ。遊びにきた体で、王都を満喫している様子にしておいて、優れた薬学を視察すれば問題ないと思った。だが、フランツにこのまま着いて来られては目立ってしまう。なんとか帰ってくれないものだろうか。
「あ〜、フランツ。」
そう切り出したところで、フランツは全てを見切っているかのように答えた。
「私は帰りませんからね、溜まった執務が全て終わるまで見張らせてもらいますよ。」
(チッ、石頭め。)
フリードリヒは声には出さず悪態をついたところで、フランツに帰ってもらうのは諦めた。一度発見された以上、また撒くのも面倒だし、撒いたところで、先読みされてしまえば先の失敗の繰り返しだからだ。フランツは悔しいが優秀な人材で、なかなか撒くことが難しい。となれば、今回の目的をある程度打ち明けておく必要がある。
「なるほど、ただのお遊びではなかったのですね…。」
一応納得はしてくれたようだが、執務を放り出して来たことや、一人で乗り込もうとした事には一定の怒りの感情が垣間見えた。そして、こうも忠告をした。
「女王ライラは近年良い噂を聞きません。聡明である事には変わりないのでしょうが…。」
フランツはそれなりにフリードリヒの事を心配している。ただ、幼い頃から一緒に育ち、それなりの信頼もしている。そして将来は良き王になって欲しいと願っている。だからこそ忠告するのだ。
「女王の話は風の噂程度には聞いている。怪しげな薬を使って良からぬ事をしているらしいな。」
だが、とフリードリヒは考える。ライラは元々聡明な女性だ。今もそれは健在だと信じている。そんなライラに黙って王都を視察して、見つかったら何を言われるかわからない。国際問題にされ、無理難題を言い渡されるのも困り物だ。
「一度女王には会っておく必要があるな。その為にはフランツ、お前がいた方が自然だ。」
それを聞いたフランツは、おっしゃる通りですと深く頷いた。その後も王都へ着くまでに必要な打ち合わせをしながら向かう。王都へ入ったのは、マリーと別れて二日後の朝だった。
ー王都
「あら、フリードリヒが来るだなんて、明日は雨かしら?まあいいわ、私に会いたいと言うのだから顔くらい見せないとね。」
ライラはフリードリヒからの謁見の申込みを受けてそう言った。
(あの男、放蕩息子なんて言われているけど、その実諸外国の文化を持ち帰っていると聞いている…何か狙いがあるはずだわ。それを突き止めないとね。)
ライラは決して色狂いなだけの女王ではなかった。実際、何も知らない民からはその聡明さから人気があるのだ。だから徴兵に苦労しないというのもある。国のための政策は怠らない女王でもあった。
「やあ、ライラ。久しぶりだね。」
フリードリヒとライラは同い年であるため、特に気兼ねもなく話を進める。
「久しぶりね、放蕩息子さん?随分とお戯れが過ぎるとご両親はお嘆きよ?」
ライラはわざと嫌味たっぷりに応え、相手の感情を読もうとした。
「はは、それは情けないが最もな話だ。ところで幼少が懐かしくなってね、少しの間この王都に滞在したいんだが良いかな?」
(躱された…!)
ライラは相手が思い通りに激昂して来ないことに忌々しさを感じた。ライラも聡明な女性なのだが、フリードリヒも馬鹿ではない。そんな安い挑発に乗るほど子供でもない。嫌味なら散々国でも浴びてきた。民からも、家臣からも、両親からも。
「…まぁ、いいわ。何をお望みか知らないけれど、滞在は許可するわ。」
ライラは今この男から直接何を企んでいるのかを聞き出すことは諦めた。無理に聞き出そうとすれば、国際問題に発展しかねない。今のところフリードリヒ達とは良好な関係を築けている。それに泥を塗ればどうなるか、想像できないほどライラは堕ちていない。
「感謝するよ。なに、近頃そろそろ身を固めろと周りがうるさくてね。一種の花嫁探しさ。」
フリードリヒはライラに茶化すようにそう答えてみせた。これでこの聡明な女王を誤魔化せるとは露ほどにも思っていないが、一時凌ぎには十分だろう。
「あなたみたいのを、犬も食わないっていうのよ。」
ライラはくすくすと笑って可笑しそうに言った。
(花嫁探し、ねえ。目の前に私を置いて、言う事かしら?)
どうやらフリードリヒには私は女性だと認識されていないらしい。とライラは自嘲した。
「私を食べてもいいのよ?」
誰もいなくなった玉座の間で、ライラはポツリと独りごちた。
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