第3話 ライラと犬
「私を愛しなさい。」
実はこう命令を下している男はヨシュアだけではない。ライラは夜な夜な昨日のように、目星をつけた男を誘っては、媚薬を言葉巧みに飲ませ、事に及んで既成事実を作ってからこう命令を下し、逃げられないよう縛るのである。
ライラは愛というものを知らない。両親は将来国を背負う立場になるライラを甘やかすということはしなかった。それは一種の愛だったのかもしれないが、ライラが欲しいものではなかった。幼い頃から美貌で知られたライラには、男達は山ほど群がってきた。
「私を愛して下さるの?」
そう尋ねると、男達はもちろんだよ、と甘い言葉を囁き、一晩限りライラを弄んでは去っていった。
(誰も私を愛してはくれない…。見た目じゃなく本当の寂しい私のことを。)
ライラは徐々に愛されるということを諦めていった。そしてライラの心の中にはもう一つの暗い炎が灯っていった。
『誰も私を愛してくれないのならば、私も好き勝手に愛し、そして捨ててやる。』
ライラはそれから変わった。群がる男達は全て踏み台にすることにした。どうせ国のため、将来子を孕まねばならない身なら、せめて私の好みの男の種がいい。そう思うようになった。
そして聡いライラは、国のシステムを悪用し、男達を徴兵という名目で集めては選り好み、目星をつけられたが最後、ヨシュアと同じような末路を辿るハメになる。常に十四〜十五人はキープし、その日の気分で取っ替え引っ替え、無理やり自分を抱かせて愉しむようになった。
貴族だろうが村人だろうが関係ない。この国の男達は全て私のものなんだから。ライラにはもう何が正しいのかわからなくなっていた。ただ、男というものは悪い生き物で、女とみれば体を迫ってくるような卑しい生物でしかないと思い込むようになっていた。そうして命令を下した男達のことは、ライラは犬だと思うことにした。ヨシュアを新たな犬としたところで、そろそろダメになってきた男の一人を始末するか、などと冷淡に考えるほどにはライラの倫理観は破綻していた。
それというのも、ライラの使うワインの色をした媚薬は、なぜだか人を弱らせていくようだった。その原因をライラは突き止めようとも思わなかった。ダメになったら捨てればいい。替えなんていくらでもいるのだから。
それにしても今度の犬は活きが良さそうだ。少しは長持ちしてくれるだろうか。なかなかにライラ好みの青年だ。スレていなく、純粋そうで、本当に壊し甲斐がありそうだ。
(人間は、もっと醜くて汚いものなんだから。)
今回はわざと田舎から人を集めるよう指示した。ライラの狙いは的中した。真面目そうな、そして純粋そうな青年を穢してやろうという嗜虐心が燃え上がる。媚薬を飲ませた時、真っ先に自分に向かってこなかった。田舎に良い人がいるというのだったら最高だと思った。グチャグチャに壊して捨ててやる。ライラはそれを思うだけで身震いがした。
「ああ。これからの生活にハリが出そう。」
恍惚とした表情でライラはヨシュアを思い出した。今までにないパターンだったためだ。今までは媚薬を飲ませる前から、女王だと明かすと結構乗り気でくるパターンばかりでつまらなかった。どうして男っていうものは、肩書きと見た目に弱いのかしら。と不思議に思うほどだった。
一方ヨシュアは、とんでもないことを仕出かしたと己を猛省中だった。
(は、え……???)
大混乱である。まさか自分がこんなことを、とそればかり考えてしまい、何がどうなっているのか全く整理できないでいた。媚薬を仕込まれたとは露知らず、自分のせいだと思い込んでしまっていたためだった。
女王からの命令も全く意味不明だ。なんでこんな田舎者の自分なんかに愛せと言うのか。愛するってどこからどこまでの話だ?女王は正気なのか。真面目なヨシュアにとって、これほどの難題はなかった。愛せと言われても、自分にはマリーしかいない。でも女王に手出ししてしまったことは紛れもない事実。こんなこと、マリーやアンナに言えるわけがない。
朝食だと呼ばれて大食堂に行ったが、頭の中のはてなは消えるどころか、増える一方でしかなかった。
猛省しながらなんとか食事を運んできたが、到底食べる気にはなれなかった。マリーの作ったきのこシチューが恋しい。もう大昔の出来事に思えてきて、ヨシュアは涙が出そうだった。
もしもマリーに知られたらー
ヨシュアは嘔吐した。まだ朝食を口にしていないため、苦い胃酸しか出てこなかったが、それでも吐き気は治まらない。
そして思い知ったのだ。
女王の命令に従うしかないことを。
今から村に逃げ帰ろうとしても追手がかかり、処刑という未来は容易に想像できる。でもそれよりもし無事に村に帰って、マリーに事が知れ、軽蔑されたらと思うと、その方が何万倍も苦しかった。そしてヨシュアはもう一つ変わってしまった。
(今の俺にマリーに一緒になってくれなんて、どうして言えるんだ?)
出発前は夢見ていたマリーへの告白が、脆くも崩れ去る音がした。他の女を抱いた身で、結婚してくれなんてどうして言えようか。
ヨシュアは悲嘆に暮れた。だがまだこれは序章に過ぎなかった。
これからヨシュアはライラの毒牙に絡め取られていくことになる。
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