新たな日々 Ⅰ
世界が再建され、最初の人類が誕生したその四十年後。いつしか時は二二二〇年となっていた。
日本は以前にも増して、より住みやすく、より豊かに、そしてヒトの数も増えていた。
「おはようございます、
出勤してきた女性―――
だが、その彼は奈緒に気付いていないのか、目の前のモニターから目を離さない。
「羽染さん?どうかされました?」
奈緒は声をかけるのを諦め、彼の後ろへと、そっと移動する。
モニターには複雑な形をしたものが所狭しと映し出されている。時にはなにかの欠片のようなものまで映り、奈緒は思わず「それって……皮膚片ですか?」と声をかけてしまった。
「わっ!お、大庭さん!?いつからここに!?」
「少し前からいましたよ!何回も声をかけたけど、羽染さんったらずっとモニター見てて気付いてくれないんですもん」
奈緒はそう言った。
「わ~!!ごめんなさい!僕って、なにかに熱中すると周りが見えなくなるんだ!ほんとにごめん!」
そう謝るのは、
「それはいいんですよ!羽染さんに気づいてもらえないのなんていつものことですから。でも、私が今気になっているのはその……」
「ああ、これ?これさ、何だと思う?」
「細菌……ですか?」
「うん。でも、ただの細菌じゃないんだ。新種の細菌なんだよ……。昔、この地でウイルス戦争が起きたでしょ?その時に使われた何かによって、生態系が異常を
律は奈緒に説明する。
「それどうするんですか?」
「もちろん、ちゃんと報告書にまとめて上に送るよ。こういうのは共有しておかないと、あとで大変なことになるからね」
彼はそう言うと、黒光りしている小型の小さな機械を取り出す。それは超小型化されたモニターとキーボード。この世界で言う、いわゆる“パソコン”だった。
それをデスクに置き、電源を入れる。
「羽染さんの“アテナ”って黒でしたっけ?」
彼女が口にした“アテナ”。それは、その“パソコン”の事だった。
「いや、それがさ~前の白は壊れちゃって……。サンプルの横に置いててね、手が当たってサンプルを落としたら、ゼウスが反応して除去剤撒いちゃったんだよね~。で、アテナは壊れて、仕方なく黒に変わったんだ」
がっかりして話す律を、そうですか...と呆れ気味に見る奈緒。どうやらこのやり取りもいつもの事のようだった。
「じゃあ、私は自分のやっちゃいますから、羽染さんもそれ、早めに送った方が……」
奈緒は半分逃げるように、その場を去った。
律は〈アテナ〉を起動させる。実はこれ、かなりの優れものである。
底面にはセンサーが付いており、電源を入れてから机や床、台などに置くと自動で起動する仕組みになっている。起動すると、箱の上部からはホログラムが出現し、モニターとして、前部からは特殊なホログラムが現れキーボードとして使えるのだ。
もちろんこの〈アテナ〉も〈バンド型ICチップ〉と連動させることが可能である。
「“分析部門から依頼されたサンプルの結果です。二重チェックの結果……”」
律は文字を打ちながら、全て声に出ていた。
「羽染さん!声に出てますって!」
奈緒に指摘される。「しまった!」と言わんばかりに、口も目も開いている律。深いため息をつく奈緒。研究室にいる仲間たちは、ただ笑うしかなかった。
「主任が独り言を言うのはいつものことですからね。聞こえても、聞こえていないふりをするのがお互いの為ですよ」
そう奈緒に言うのは、律の
「わかってはいるんですよ……羽染さんは不思議な人だって。だから、独り言にしても頭の良さにしても、記憶力にしても、もちろん研究とか何もかも私なんて足元にも及ばない、天才な人だって。でも……」
「でも……?」
「時々、羽染さんが怖く感じるんです……。なんか……」
奈緒が何か言いかけたとき、室内に律の声が響いた。
「できた!これを送れば、まあ……何とかなるか!」
彼女たちが話していたことが聞こえていないのか、律は普段と変わらず「ねえ!」と話しかけてくる。
「
律が栂にそう声を掛けると、「データ、送りますね」と返事した。
「さっすが弦!助かります!」
栂はにこりと笑い、〈アテナ〉を操作する。
その時、研究室内に放送が鳴り響いた。
『緊急放送、緊急放送……今すぐ手を止めて、放送を聞くように。外国で何らかの暴動が起きた模様。今のところ日本に影響はないが、サンプルの分析依頼や研究員の派遣など、何かしらのヘルプが来るかもしれない。今やっていることを中断するか、今すぐに終わらせるかして、それぞれ手を空けてほしい。また、今から名前を呼ばれた者は、ただちに所長室へ来るように。放送はこれで終わる、各員ただちに行動を起こすように!』
所長は従業員の名前を読み上げていった。
そしてなぜか、律の名前も呼ばれる。
「今……僕の名前言いました……?」
「はい……確かに言ってましたね……」
「私も聞きました。羽染さん、何もやらかしてませんよね?」
奈緒がそう言うと、皆が「そう聞きたくなるのも分かるな」と笑う。
ただ、律だけは何かを感じているのか、今までに見たことのない表情を浮かべていた―――。
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