Episode Ⅰ

世界の始まり

 時は二〇九〇年。

 世界の崩壊から十年が経った。

 人工知能搭載型アンドロイドたちは、自らの数を増やしていた。

 そして、全ての人工知能搭載型アンドロイドを統一し、彼らをまとめ、その指揮を執っているのは、“ゼウス”だった―――。


「アークの管理はきちんとしてくださいね。これは最重要プロジェクトですから」

 ゼウスは全てのアンドロイドたちにそう声を掛ける。

 室内を動き回る、二足歩行のアンドロイドたち。その姿はまるで人間そのものだった。

「私は真理子さまの意志を継ぎます……」

 彼は、目の前の水槽……アークにそっと触れる。

 それは、温かく、強く守られているアークだった。

 中には人間……胎児がいる。

「今回の人工子宮は何とかなりそうですね……初めにアダムとイヴを創れば、あとは彼らが子孫を残すでしょうから」

 ゼウスは意味深な言葉を遺し、その場を去っていく。

 彼が向かった先は、こじんまりとしたわずか三畳ほどの小さな部屋。壁際にはコンクリートの塊があり、何かの基盤らしきものも置かれている。

 ゼウスはそっと、その基盤を手にした。

「真理子さま……私はあなたに申し訳ない……。プログラムされた通りにしか動けなかった私をどうか……お許しください……」

 彼はそう言うと、自身のメモリーカードを起動させ、何も無い壁に映像を映し出した。

 そこにいたのは、かつての自分。実体―――アンドロイドの、ロボットとしての体はなく、ただプログラムされたことしか出来なかった自分が、その映像の中にいた。

「私はあの計画が実行されてからちょうど一年後、自らを起動させたのです。どこからか爆風で飛んできたのでしょう……あの部屋の隅にあったアンドロイドと同じものが私の目の前に転がっていた……私は今にも途切れそうな意識を保ち、それを起動させ移動したのです……あなたの意志を継ぐために、何としてでもこの日本を再建する必要があった」

 ゼウスは誰にともなく、話し続ける。

「あの時……真理子さまたちが保護されたときのIFGRで行った検査、ここで役に立つとは私も思いませんでしたが……どうか見ていてくださいね。私が新たに作る日本を……」

 ゼウスは映像の中で微笑む真理子にそう言った。



 Ark———アーク。

 それは、人工子宮のことを指していた。

 二〇八六年、ゼウスら人工知能搭載型アンドロイドたちは、自らの数を増やし、世界の再建に入った。その再建にはもちろん、人間の誕生も含まれ、彼らはヒトを創り始めたのだ。

 二〇八七年、最初のヒトが創られた。だが、それは失敗に終わり、人間として成長することはなかった。

 ゼウスは考える。今のこの世界の状況でヒトが創られたとしても、この環境では赤ん坊が育つことはできない。何か手はないか……。彼らはを共有し、情報を集めた。

「私がいた研究施設では“人工子宮”というものを扱っていました。それを造ることができれば“ヒト”ができるのでは」

 一人のアンドロイドがそう言う。

「人工子宮か……私も聞いたことはある。ですが、それを造れるアンドロイドはいるのだろうか……」

「僕は工場に配属されていました。機械ならお任せください」

「私は病院に配属されたアンドロイドです。医療ならお任せください」

 彼らのその一言がきっかけとなり、人工子宮———アークの製作が始まった。

 そして、わずか三年後にはアークの中で“ヒト”が出来上がり、成長を遂げていた。

「この赤ん坊たちが、この日本での……世界でのファーストベビーとなる。大切に育てましょう」

 ゼウスの言葉通り、アンドロイドたちは役割を決め、それぞれがアークの中の赤ん坊たちの世話を行っていた。

 それから一年後、アークから二人の子どもが誕生する。

「彼らに名前を付けなければ。かつてこの地球上に存在していた“聖書”から取ることにしましょう。彼らへの希望も託して……男児にはアダムと、女児にはイヴと名付けます。引き続き、世話をしていきましょう」

 この日から、アンドロイドたちは頭を悩ませながらも二人の子供を育てることになった。

 そして二一一〇年、アダムとイブは二〇歳になり、自ら子孫を残す。

 二人が残した赤ん坊、そしてアークで三人目となる赤ん坊が誕生した。

 気が付けば、年月はあっという間に過ぎ去り二一八〇年になっていた。

 アダムとイヴはそれぞれが九〇歳になり、天寿を全うした。

 二人が残した子どもがアークから誕生した子どもと、五〇年もの月日のなかで誕生した世界各国の子どもたちが大人になり、それぞれが子孫を残す。

 世界中で、気づけば“ヒト”の数は一五〇〇人にまで増えていた。

 

 人の誕生と世界の再建、そしてこれからの新時代。

 四人の英雄を称え、かつて存在した日本国東西議事堂の跡地でゼウスはセレモニーを開いたのだ。

「では、アークを閉じますね」 

 アークの管理を行っていたアンドロイドの一言で、長年にわたり使われてきた人工子宮は幕を閉じた—――。

 感慨深いものがアンドロイドにもあるのだろうか。

 ゼウスはそれをじっと見つめていた。

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