第5話 未回収
夕方の府前市
ディミトリは剣崎に呼び出されてビルの地下にやってきた。
潰れる寸前の喫茶店と言った趣だ。店内は広めであるが規模の割に客は少なかった。
そんな店内の奥まった席に剣崎とアオイは着席していた。
(何だかヤバイ商売の勧誘員と上司って感じだな……)
二人を見つけたディミトリは彼らに近づいていく。
「コーヒーで良いかね?」
側に近づくと剣崎が尋ねて来た。
「ウォッカにしてくれ」
ディミトリが席に座りながら答えた。
「はははは、コーヒーを一つ注文してきてくれ」
剣崎はディミトリの注文を笑いながら無視した。アオイは素直にコーヒーを頼みにカウンターに向かった。
普通なら店員が注文を取りに来る物だと思っていたが違う形式の店であるらしい。セルフサービスの店なのだ。
「で、何の用なんだ?」
「最近、警察の中でとある作戦計画が失敗したらしいとの噂が流れていてね」
挨拶もそこそこに剣崎がおもむろに話し始めた。
「作戦計画?」
「ああ、犯罪組織の資金の流れを掴もうと、細工を施した紙幣を流したのさ」
「へえ、どんな紙幣作ったんだ?」
「極薄のGPS発信装置付きの紙幣……」
「そいつは凄い……」
普通に考えると紙幣の中に精密な装置の仕込みなど出来なさそうに思える。
だが、ここは日本だ。
日本人の『出来ません』は信用できないというのは国際的に有名である。
「何を思ったのか本物そっくりに作ってしまったらしいんだ」
「それって偽札って言わね?」
「まあ、解りやすく言うとそうなるねぇ」
「他にねぇじゃねぇか……」
頭の固い役人ばかりだと思っていたのに、柔軟な発送をする奴がいるものだと感心した。
「で、問題はその紙幣の一枚をアオイ君が持っていたんだよ」
剣崎がジッとディミトリを睨みつけてきた。
「…………」
一瞬なんの事なのか分からずキョトンとしてしまうディミトリ。
「あ……」
そういえばアオイに分け前を渡したのを思い出した。
詐欺グループの金庫から頂いた奴だ。どうやら、アオイに分け前として渡した分から発覚したようだ。
そのかっぱらった金が高性能な偽札であったのだ。
「思い出したかね?」
「ちっ」
「偽札は存在すると困る代物だ」
偽札作りは『死刑』すらも有り得る重犯罪だ。それを警官が実行した事もかなりの問題であった。
警察トップの首が飛ぶどころではない。下手すると今の内閣ですら吹き飛びかねない。
「困るのは俺じゃないぜ」
困るのは偽札を作った警察関係者であって自分ではない。
正直、ディミトリにはどうでも良い話であった。
「普通に使う事は出来んよ?」
そのことを剣崎から指摘されてしまった。
「マネーロンダリングする方法なら幾らでも知ってるぜ?」
マネーロンダリングとは不法な金を真っ当な金に変換する事である。不法とはモチロン犯罪絡みだ。この手の金は紙幣番号などが控えられていることが多いので普通には使えないのだ。
そこでマネーロンダリングを行うのだ。
まず、欧米系の仮想通貨をロシア系の仮想通貨口座に送信する。それを匿名の銀行口座に送金させれば良いのだ。実際には複雑な取引を行う必要があるが、それはやってくれる伝手があるので平気だ。
ロシア系は秘匿性が高いので、犯罪絡みのマネーロンダリングに良く使われているらしい。
もちろん、色々と後ろめたい人生を送るディミトリも複数の口座を持っている。そして、若森に転生した時に速攻で作成しておいた口座もある。
「そいつは駄目だな」
それを見越しているのか剣崎が反対してきた。
「俺が自分の金を大人しく誰かに渡すとでも考えてるのか?」
僅かな金であろうと人に渡すのが嫌なディミトリが抵抗してきた。
「まあまあ、渡してくれるのなら悪くないようにするよ」
「例えば?」
「うーん……」
剣崎が具体的な提案をしてこない所を見ると対案を考えていないようだ。
「それに偽札って届けても事情聴取やらなんやら嫌がらせされたり、補償金が出なかったりって聞いてるぜ?」
偽札を届け出ても補償金が出ないのは本当だ。ただ、調査協力金として同額が支給されはするらしい。
「出どころはコチラで誤魔化すよ」
そう言って剣崎が苦笑いしていた。それでも納得のいかないディミトリはムッとしたままだ。
何しろ以前に住んでいた場所近くの廃墟に取りに行かねばならないからだ。面倒くさいと思っていた。
「それに全額って訳じゃないんだよ」
どうやら作成された偽札は少数であるらしい。
(百万の束に一枚って感じなのだろうか……)
偽札を一枚づつ紛れ込ませて位置情報を取得するのは理にかなっている。
「見分け方を教えてくれたらコッチで調べるよ」
今後のために一枚横取りしておこうと企んでみた。
それに、警察関係者が作った偽札と言うものにも興味があった。
「いやいや、こちらの専門家に任せ給え」
専門家とは警察の鑑識の事であろう。
剣崎はディミトリの企みを見抜いて詳しくは語ろうとしなかった。
「ちっ」
どうやら一旦は渡すしか方法が無いようである。
(そうだっ!)
ここでディミトリは碌でも無い事を思い付いた。
(アイツらの金をかっぱらうのを忘れてたな……)
ブラックサテバの金が手付かずだった事を思い出した。何しろ、もう一人の自分に遭遇したのだ。仕方ないだろう。
高飛びする資金の枯渇が心配になったディミトリは、新たな盗み出す事を思い付いたようだ。
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