第4話 不思議な転校生
府前市内の第三中学校。
渋谷の雑踏の中で亡くなった沢水警部補には一人娘がいた。沢水紗良(さわみずさら)だ。
クラスの中でリーダーシップを取り誰からも好かれている存在であった。
だが、父親が死んでから生活が一変してしまった。正義を執行する側から、される側の犯罪者の家族になってしまったのだ。
友人は全て離れた。話し掛けても言葉を濁して立ち去ってしまう。あからさまなイジメには成らなかったが無視される様になったのだ。
彼女は孤立してしまった。
(父さんがそんな事をする訳がない……)
娘は父の無実を晴らしたいが方法が分からなかった。
ある日、転校生がやって来た。身長は平均的だが目付きが鋭かった。
「若森忠恭(わかもりただやす)です」
転校生はぶっきら棒に答えた。少年が持つ思春期特有の愛想のなさだ。
(丸で留置場に入れられた犯人みたいな目つきね……)
警官の父を持つ彼女が感じた雰囲気だ。そして、当たっている。
全体的に荒んだ雰囲気を持った少年だと彼女は考えたのだ。
最初の休み時間に同級生たちは目新しい転校生を遠巻きにして見ていた。
誰かが話しかけてこようとしたが、『月刊モデルガンマニア』を広げると引き返すのが目の端で見えていた。
(ふふふ、虫除けになるな……)
一生懸命作ってる雑誌社には申し訳ないが活用させてもらうようであった。
(さて、校内を見て回るか……)
ディミトリは転校先の学校内を見て回った。逃走用の出入り口を確認する為だ。
(そういえば学校に通っていた時には、テロリストが学校を襲撃してきたらどう迎え撃つかを真剣に考えたりしたものだが……)
ディミトリは何年経っても同じ事を考えているなと苦笑いしてしまった。
何しろ、今の彼には強面の大きなお友達が多いので苦労しているのだ。
(そういえば偽造パスポートはどうなったんだろ?)
帰宅したらすぐに連絡を取ろうと心のメモ帳に刻みつけた。
そんなディミトリが、学校の中を散策していると体育館裏が何やら騒いでいるのに気が付いた。
(ん……何やってんだ?)
いかにも陰キャと言う感じの二人が殴り合っていた。というか一方が一方的に殴られているようだ。
だが、どう見ても拳で語り合う二人ではないのは見た目で分かる。
(喧嘩慣れしていないみたいだな……)
腕を振り回しているだけで殴り合いにすらなっていないのだ。
(幼稚園児がじゃれているみたいだな……)
ディミトリがため息交じりに通り過ぎようとした。興味が無いのだ。
だが、彼らの周りには五人程の生徒がおり、そんな二人の戦いを囃し立てていた。
「負けた方は焼きそばパン奢りな!」
「おら、もっと腰に力を入れろ!」
「ははははは……」
この手の連中は謎の優越感に満ちているのか、ニヤニヤと笑い掛けて来る。
正直気持ち悪い。
今の時代は見た目で判断付かないので注意が必要である。
「……」
傍観者たちは眉をひそめるだけで何もしない。教師に言う事もない。
下手な事をすると次のターゲットが自分になってしまうのを知っているからだ。
(当事者同士を争わせるタイプのイジメか)
周りを巻き込む事で身の安全を図っているのだ。中々に小賢しいいじめっ子たちだ。
(ふ、クズの見所があるじゃねぇか……)
ディミトリは内心ほくそ笑んでいた。別に正義房を気取る気など更々にない。むしろ自分の欲望に忠実な彼らにシンパシーを感じるぐらいだ。
なので、そのまま立ち去ろうとした。
「ちょっと辞めなさいよ!」
ディミトリの背中越しに声が掛かった。
振り返ると学級委員長然とした女の子が仁王立ちしている。沢水だ。
中には気概溢れる奴も居るらしい。
「なんだよ、お前は……」
「ああ?遊んでるだけだろ」
「空気読めよな」
子供同士フザケあってるだけだと言い張ろうとしている。
「単なる苛めでしょ!」
尚も毅然と言い募る沢水。
「うるせー、犯罪者の娘は黙ってろ!」
「そうだそうだ」
「ふはははは」
傍観者が沢水に向かって囃し立てるように言っ放った。
「!」
沢水は奥歯を噛んだような表情で彼らを睨み付けていた。
その時に午後授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「ちっ、白けたから行こうぜ」
「どっちもヘタレだからつまらんかったな」
「ああ……」
リーダーらしき奴がそういうのを合図に見世物は終了したようだ。
周りの見学者や沢水も立ち去ろうとうしていた。
「……」
一方的に殴られていた方は口から血を流して尻もちを付いてしまっている。
「ほらよ」
ディミトリも教室に戻ろうとしていたが、ついでという感じで彼が立ち上がる時に手を貸してやった。
足元に落ちていたメガネも拾ってやった。
「ああ、ありがとう……」
「どう致しまして」
「君って今日来た転校生だよね」
「ああ、若森忠恭(わかもりただやす)って言うんだ」
「僕は鮫洲圭佑(さめずけいすけ)」
鮫洲は壊れたメガネを掛け直している。フレームが歪んでいるのか斜めになってしまっていた。
「アイツらって誰なんだ?」
「市会議員の息子、市役所お偉いさんの息子、大手メーカー重役の息子」
一番大声で囃し立てていたのが市会議員の息子であるらしい。小賢しい知恵が回るタイプなのであろう。
他の二人は小判ザメと言ったところだ。何だか、前に居たハーウェイ学園を彷彿とさせる物がある。
(何処にでもああいう手合が居るもんだな……)
ディミトリはある意味関心してしまった。
「親ガチャで当たりって感じだな」
自分の親をガチャと見立てる風潮もどうかと思うが分かりやすいという事もあった。
「まあ、そう言われているしな」
「親が偉いからって、子供が偉い訳じゃ無いだろうに……」
「それが分かるんなら虐めなんてやらないでしょ」
鮫洲は苦笑いしながら言っていた。ディミトリも同意したのか頷いた。
「親の威光をひけらかす奴なんか恐くも無いよ」
「涙目で言われても……」
殴られて顔を赤くしている鮫洲に言ってやった。
「お前って結構ヒデェ奴だな」
鮫洲は苦笑いしながら言った。
「誉めるなよ」
「いや、褒めてないし」
「そこまで分かっているんならやり返せば良いじゃん」
「家の親はガチャ外れだから……」
「サラリーマンなの?」
「いいや、只のヤクザ」
「ああ、暴対法で下手な事出来ないな」
鮫洲が一切手を出さなかった理由が分かった。
下手にやり返すと親が拙い立場になってしまうのだ。
彼なりに自分立ち位置が分かっているのであろう。
「ありとあらゆる嫌がらせしてきて、手を出すのを待っているんだよ」
つまりいじめっ子たちはそれらを理解した上で遊んでいるのだ。反撃できない相手を嗅ぎ分けて虐めの対象にする。
ディミトリは連中の嗅覚の鋭さに関心してしまった。
「チンピラより達が悪いな……」
少しでも暴れたら逮捕されてなんだかんだと罪を被せられて刑務所に放り込まれてしまう。
国家権力を背負った暴力組織には敵わないものだ。
「連中は国家権力をバックにしてるからね」
「若森は随分と詳しいんだな」
「ネット弁慶なだけさ……」
今度はディミトリが苦笑いしてしまった。
この間まで公安警察の使い走りをやっていたとは流石に口に出来なかったのだ。
「若森はガンマニアなの?」
「いいや、あの手の雑誌を広げておくと誰も話しかけてこようとしないからね」
「ふーん」
「転校が多いと目を付けられやすいから予防策みたいなもんだ」
「そうなのか……虐め予防になるな」
「ああ、あの手の連中は面倒くさそうな奴は無視するもんだよ……」
「詳しいね」
「色々と苦労してるからね」
苦労の原因はディミトリ本人のせいだが黙ってる事した。
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