第3話 交差する思惑
府前市の府前警察署の地下倉庫。
男が二人、何やらヒソヒソ話をしている。
「それで渋谷で見つかった死体は、管理課の沢水警部補だと確定したのか?」
「はい、採取した指紋も一致しました」
渋谷で見つかった遺体とは、ゴミ袋の中で絶命し浮浪者とされた男の事だ。
歯の治療痕などの照会により、男は府前警察署に所属する現役の警察官である事が判明したのだ。
「死因は何だったんだ?」
「詳しくは司法解剖の結果待ちですが、恐らく薬物による中毒死ではないかと……」
一人はキャリア組の細川貴之(ほそかわたかゆき)、もう一人は地廻りの警官である立花亮平(たちばなりょうへい)だ。
二人は警察署内で起きた証拠品盗難事件を内部調査していた。
「そうですか……」
意外な展開であったのか細川は困惑を浮かべていた。
「なんで渋谷なんかに居たんだ?」
「はあ、それも含めて調査しております」
沢水警部補は警察内で起きた証拠品紛失事件の当事者だった。保管場所に最後に出入りした警官だったのだ。
「彼は自宅謹慎だっただろう」
「家族の話だと友人と会うと言って出掛けたそうです……」
当然、監察の査察が入ることになり、違う問題も浮き彫りになってしまった。
押収した覚醒剤の在庫量が合わないのだ。
『覚せい剤の横流し!?』
府前市警察は大騒ぎになってしまった。当然、疑いは当事者である沢水警部補に向けられた。
疑いのある者を署内を彷徨かせる訳にいかないので謹慎させていた。
「他にも仲間が居たって事か……」
「自分の無実を証明する為に調べ回っていたのではないかと……」
沢水警部補は謹慎中にも関わらず出歩いていたようだ。
どうやら何かを調べて回っていたと囁かれている。
「犯行の手口は判明しましたか?」
「いいえ……」
容疑者は証拠品保管庫に出入りが出来た沢水警部補だけであった。しかし、彼は渋谷の騒乱時に死体で発見されていた。
共犯者の存在を調査していたが、容易に特定出来ないでいた。
「一人で行った犯行とは思えないのですが、詐欺グループとの繋がりも見つけることは出来ませんでした」
「今回の押収現場の検挙には公安が絡んでいる」
「……」
「早めに手を打たないと拙い……」
「解っております」
「早急に調査して結果を報告して下さい」
「はっ」
警察署内で証拠品が盗まれるなど、前代未聞の特大のスキャンダルだ。
(自分のキャリアが飛んでしまう……)
私大出身の細川は、キャリアと言っても下から数えた方が早い。一つの躓きで今後の人生設計が狂ってしまうのだ。
その事を細川は恐れている。
(僻地の警察署に飛ばされて、飼い殺しにされるのだけはゴメンだな……)
そう彼は考えていた。警察は官僚社会だ。スキャンダルは出世の妨げにしかならない。
(もう一つの方も何とかしなくては……)
行方が分からないのは証拠品だけでは無かった。一発逆転を狙った作戦計画が失敗してしまったのだ。
だが、細川の思惑とは別に翌日の朝刊にデカデカと掲載されてしまった。
府前市に在る複合商業施設。
施設に付属する屋上駐車場がある。そこに府前市に巣食う暴力団である神津組と鮫皮組の組長が来ていた。
「家の所で面倒を見てる詐欺グループが強盗に遭ってな」
神津組の組長の番陵介(ばんりょうすけ)が鮫皮組の組長である鮫洲賢治(さめずけんじ)に話しかけた。
「そうか」
元々、同じ市内で反目しあってきた中だ。決して仲は良くない関係である。
お互いに屋上から外を眺めていて決して目を合わそうとしなかった。
「そこに警察がガサ入れに来たんだよ」
「そうか」
本来なら格式の在る料亭などで会合を行うものだが、昨今では反社会勢力の利用を嫌がる店が増えている。そこで仕方無くこういった場所で会っているのだった。
「結局、詐欺がバレて全員ガラを持っていかれたがな……」
「悪党を襲う悪党って奴か……」
中々に豪胆な奴がいるもんだなと鮫洲は思った。
「それは別に良いんだが、金を管理していた奴は全額持ってトンずらしやがったんだよ」
「まあ、お互いにクズ野郎の管理は大変だな」
二人共苦笑いを浮かべていた。
「ああ、まあ詐欺野郎たちはどうでも良い。 その後で今度は薬の売人が消えたんだ」
「続けてか?」
「そうだ。 アンタの所の黒山がチョッカイ出したのは知っているんだよ」
「俺の所では薬は扱わないよ」
「ああ、知っている」
鮫皮組では鮫洲の意向もあり薬の売り買いはご法度にしていた。そういう所を『綺麗事ばかり並べている』と番は嫌っていた。
鮫洲としては昔ながらの任侠組織を自認しているだけのつもりだ。シノギもみかじめ料やオシボリ・生花などの小物販売・建築現場への人夫口利きなど大したことはやっていない。
「でも、外注先に扱わせているんだろ?」
番が探りを入れる用に鮫洲をチラリと見た。
「それは黒山が勝手にやってた事だ。 組は関与しとらんよ」
「ふん、そういう事にしといてやるよ」
「それに黒山はとっくに組を辞めているよ」
「ああ、それも知っている」
警察にバレた時に組に迷惑がかからないように、偽装のような形で破門するのは良くある手口だ。
「ロシア人と組んで薬と女を売っているだろ」
「そっちの方が詳しいじゃねえか」
「ああ、家は中国人たちと取り引きがあるからな」
「その中国人たちはロシア人の殺し屋に皆殺しにされちまった」
「だから、ロシア人たちを締め上げてやろうとしたら、連中も組織をガタガタにされちまったらしい」
「ガタガタ?」
「同じ殺し屋に組織を壊滅状態にされたらしい」
「どういうことだと黒山に聞こうとしたら、連絡が付かなくなっちまった。 殺されたと噂になっていたよ」
「そういや、最近見掛けないな」
本当は黒山が使っていた薬の売人共々行方不明になっているのは知っている。てっきり分け前で揉めて、どっちかがやられてしまったのだろうと考えていたのだ。
「俺は中国人たちをやった奴と同じ殺し屋じゃないかと思うがね」
「ほお、随分と優秀な殺し屋だな」
「お前の所で何か情報が無いかと思っていたのさ」
「何でだ?」
「黒山がその殺し屋と話しをしようとしたらしい」
「何で知っているんだ?」
「身長が百八十で大柄、元ロシア軍特殊部隊出身の傭兵で主な仕事先は中東方面だと聞いている」
「随分と詳しいじゃないか」
「黒山がロシア人の武器商に聞いたそうだ」
「俺が奴に銃を都合してやったんだよ。 その時に色々と殺し屋の情報を聞き出したのさ」
「なんて名前の奴だ?」
『ディミトリ・ゴヴァノフ』
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