第6話 対象者の掟
府前市の街なか
学校帰りに小腹が空いたディミトリは、コンビニでパンを購入した。
中身はおっさんでも、身体は食欲旺盛な男子中学生である。成長期は兎にも角にも腹が減るのは経験済みだ。
(メ…… メロンパン……)
ディミトリは最近のお気入りである、メロンパンをコンビニ脇で貪り食った。帰宅してから夕食も食べる。
今夜は鯖の味噌煮を作ると祖母が言っていた。ディミトリの好物で在る。
「……」
だが、その様子を見張っている謎の車両がいた。黒のSUVだ。
(実際、ウザイよな……)
勿論、ディミトリは気が付いている。
何故、自分に監視が付いているのか見当が無かったのだ。
最初は剣崎の監視車両かと考えたが、秘匿を常とする公安警察が対象に見つかるヘマするとは思えない。
(携帯電話が有るから、剣崎が監視する訳が無いよな……)
今の時代。携帯電話の位置情報で大体の居場所は特定出来てしまう。警察官である剣崎の権限を使えば造作ないことだ。
ならば、誰なのか。
(ロシア人のおっかないお友達かな?)
関わりのあった中華系のおっかないお友達は片付けが済んでいる。あと、心当たりが有るのはチャイカの一味だ。
ディミトリは店の前でパンを囓りながら、横目で車を観察している。
若そうなお兄さん二人組だ。中の二人はディミトリに視線は向けないが、手にした携帯電話を向けていた。
(まあ、半グレの怖いお兄さんじゃ無さそうだしな……)
ディミトリは彼らが誰なのか確かめてみることにした。
(これからブラックサテバの売上を戴く算段するから宿題は片付けないとね……)
コンビニの横にある路地に進む。車は通れない道幅だ。
こうすると一人は追跡の為に下車するのは想像出来る。もう一人は車で待機するのだ。そこに隙が出来る。
ディミトリは路地に入って直ぐに塀を乗り越えてコンビニの敷地内に飛び込んだ。そして、小走りで建物を回り込む。
車が見えるところまで来た時と、車から誰かが降りて行くのが同時であった。
そのまま、ちょっと屈んで車に近づき後部座席の窓に盗聴器を仕掛けた。大した性能は無いが、車内の会話程度なら聞き取れる。それにリモート操作で離脱させる事も出来るのだ。
ディミトリは車が警察関係者であろうと目星を付けたのだ。
問題は何の嫌疑を掛けられているのかを知る必要が有るのだった。
(やっぱり、金は渡して面倒事を押し付けるか……)
ディミトリは剣崎に金を渡す事にしたようだ。勿論、腹積もりはある。剣崎にヘリコプターの保管場所を用意させようと考えていたのだ。
何しろ、今の場所は胡散臭い奴らが色々と関わっている場所だ。何時、他人が入り込むか分からない。
ヘリコプターは色々と使いでがあるので、いつでも活用出来るようにしておきたかったのだ。
(機動性のある乗り物なら剣崎のおっさんも納得するだろ……)
手馴れた様子で盗聴器らしき物を仕掛けたディミトリ。コンビニの建物に隠れてイヤフォンを耳に充ている。
外に出た相方は直ぐに戻って来たようだった。
『見失っちまったよ……』
『小僧相手に何やってるんだよ』
『しょうがねぇだろ』
『次に行こうぜ』
『ああ、詐欺被害者の家族ってだけだしな』
『あんなヒョロい小僧が半グレ相手にカチコミかける訳ないだろ』
『ははは、確かに……』
二人はそんな会話をしていた。やはり警察関係者のようであった。
(あの詐欺師どもの事件を調べているのか……)
どうやら、老人相手に詐欺を掛けていた水野たちの事を調べをしていたらしい。
(カチコミって金をかっぱらった時の事だな)
色々と思い出してきた。証拠になるような物は何一つ残さなかったはずだ。監視用携帯電話や監視カメラは回収してある。
それに話しの内容から判断する限りはディミトリの事は疑っていないようである。
(まあ、犯人は俺なんだが……)
車の二人組は次の調査対象に向かうらしい。車はコンビニの駐車場から出ていった。
脅威は無いと判断したディミトリは、盗聴器に指令を送って回収したのであった。
(まあ、何で今頃調べてるのか謎があるけどな……)
そこが、少しだけ気になった点であった。
水野たちの金にGPS追跡装置が仕掛けられているのは分かっている。だから剣崎のおっさんに金を渡すことにしたのだ。
だが、それなら追跡装置の信号を追いかければ良いだけの話であるはず。
(その為の装置だろうに……)
被害者や関係を調べて回る理由が分からなかったのだ。
(まあ、良いか……)
後で剣崎のおっさんにさり気なく聞いてみる事にしたようだ。
ディミトリは自転車に乗って金の隠し場所へと向かっていった。
「…………」
だが、その行動を沢水紗良に目撃されていた。
(何者?)
手馴れた様子で相手の正体を探る様子に目を見張っていた。
(あの車の二人組って多分警官……)
最初はコンビニに入る所を見掛けて、転校生だと気付いた。声を掛けようか迷ったのだ。
彼女は昼間に学校であったイジメモドキの事を思い出していた。
(鮫洲君と親しそうにしてたよね……)
当事者の一人と話し掛けて、助け起こしていたディミトリを覚えていたのだ。
イジメの被害者に話し掛けるのは結構なリスクを従う。ターゲットを自分にされるかもと考えてしまうからだ。
だから、回りはみてみぬふりをしてしまいがちだ。
(あの車は警察?)
何故なのかを聞こうとした時に黒のSUVに気が付き、通りを挟んでディミトリの様子を窺っていたのだ。
(なんで若森くんが警察に監視されているの?)
ディミトリと老人詐欺グループの軋轢を知らない沢水紗良は戸惑ってしまっていた。
様子を窺う内にディミトリが立ち上がりコンビニ横の路地に入っていった。監視車からも一人出て来て彼の跡を追うように路地に入っていく。
沢水紗良が追いかけようとしたら、コンビニの建物脇からディミトリが背を低くして出てくるのが見えたのだ。
時間にして三分も経っていない。
そして、車の後部窓に何かを貼り付けると、再びコンビニの建物脇に隠れてしまった。
(ふむふむ、盗聴器かしら……)
遠目でよく分からなかったが、彼女はディミトリの所作から盗聴器を仕掛けたと見抜いていた。
(ふっ、警察相手に盗聴するなんてやるわね……)
警察は自分たち相手に盗聴を仕掛ける奴はいないと思い込んでいるだけの話だ。
油断している相手なら誰だって出し抜けるものだ。
(うん、彼なら狭い世界でいきり立っているだけのイジメっ子なんか歯牙にも掛けないわね)
どうやら、彼女の中でディミトリの評価は爆上がりしているようだ。
今日、沢水紗良は父親が死んだ渋谷の街まで行ってきた帰りであった。真相の手掛かりが欲しかったのだ。
(パパ…… 何が有ったの?)
あの日、友人と逢う約束が有ると母親と話していたのを覚えている。
(ママに聞いても知らないと言われた……)
そこで、現場に来てみたのだが、何から手を付けて良いのか見当が付かなかった。
中学生の少女に捜査など無理な注文だ。父親が倒れていた場所で手を合わせただけである。
父親が書斎替わりに使っていた納戸があった。その部屋には家族が立ち入るのを父親は嫌がっていた。
事件が有った翌日には警察関係者が、家の中を全てひっくり返す勢いで何かを捜していった。もちろん、何も出てこなかったようだ。
『預かっている物はないか?』と、家族全員がしつこく設問されたりもした。
もちろん、心辺りが無かった家族は首を振るだけであった。
(彼なら真犯人を見つけてくれるかも知れない……)
ディミトリの本質を知らない沢水紗良は大いに勘違いしてしまったようであった。
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