【7】


「レクチャー? あなたが?」


 虎辰がポカンとしながら、オウム返しのように尋ねた。

 「そう、私が」と愛梨は頷く。


「時間が惜しいから、手短に話すわよ」

「良いんスか? オレ……あなたの娘のライバルっスよ? 敵に塩を送るような真似して、大丈夫なんスか?」

「敵? 何を言ってるの。虎辰くんは、『日本超能力研究室』『未来戦士育成部』所属の仲間でしょ? 人愛とは、敵ではなく仲間。切磋琢磨し、高め合う仲間。仲間に強くなって欲しいと願うのは当たり前の事でしょう?」

「……まぁ、そう……っスね」

「そんな訳で、はいっ、目を閉じてイメージしてね」


 言われるがまま、虎辰は目を閉じた。

 愛梨が囁くように伝える。


「さっきの、大きな黒球をイメージして……そう、大きな黒球を……そうそう、そんな感じで……」


 彼女が持つ【読心能力】を使用し、虎辰がイメージしている物を覗きながら、アドバイスを続ける。


「次は……その大きな黒球を、元々の野球ボール大の大きさに切り分けていくイメージを持って。切り分けてっていうのが分かりにくければ、ちぎって丸めていくってイメージでも良いわ。とにかく、その大きな黒球を使って、数多くの小さな黒球を作るイメージが出来ていれば良い」

「お、おっす……小さな、いつも通りの黒球を……何個も作るイメージ」


 虎辰としては、ちぎって丸めていく方がイメージしやすかったようで、次々と脳内で小さな黒球を作っていく。


 に気付いたのは、ずっと目を開けていた王子だった。


「な、何、ですか? これは……」


 現実の世界では、既に変化が出ている。

 王子は、驚きが隠せない。

 愛梨も当然、それに気付いているが、あえて止めない。

 虎辰の成長の為――あえて。


 脳内で、思う存分小さな黒球を作り切った虎辰へ、ようやく愛梨が声を掛けた。


「もう良いよ。目を開けてごらん?」


 ゆっくりと、虎辰は目を開く。

 目の前に映った景色に、度肝を抜かれた。


「なっ! 何じゃこりゃあ!!」


 目の前にはウヨウヨと浮かんでいる、小さな黒球。

 その数――百個。

 イメージが、現実になった感覚。

 そんな奇妙な違和感を今、彼は味わっている。


 愛梨が言う。


「この出力は、さっき君が出した『大きな黒球』と同じものだよ? だけどどう? 脳や身体への負担は、段違いに軽いでしょ?」

「た……確かに」


 そうなのだ。

 先程の『大きな黒球』とはまるで違う。身体への負担が、天と地ほどの差がある。


「これなら……残り百個の『スキルエッグ』を破壊出来そうっス!」

「うん。そうだね」

「じゃあ早速――」

「あ、でも待って、その前に……」


 愛梨が手を掲げると、虎辰の脳内に突然イメージが浮かび上がって来た。

 約百個の『スキルエッグ』が、のイメージが。


「こ……コレは一体……」

「そのイメージは、私が【読心能力】で敵の心を読んだものをテレパシーとして送ったもの。それで全部よ。百個の黒球を操って、破壊しちゃいなさい」

「すげぇな……」


 自然と、そう声が漏れた。


 【読心能力者】にテレパシーを送られた経験は、過去にあった。

 それはもう、ノイズがあり酷いテレパシーだった。

 しかし、今回のそれは違う。


 同じ【能力】である筈なのに、愛梨のテレパシーは、まるで高画質のテレビの如く、鮮明に映像を映し出している。

 虎辰の脳内に。


(コレが……『Sランカー』か!)


 笑った。

 目指している物の実力を、その肌で、脳で感じる事が出来たのだ。

 これ以上の喜びはない。


(オレもいつか――この人のように!!)


 虎辰は百個の黒球に命令する。

 脳内で鮮明に映し出された『スキルエッグ』の隠れ場所、その全て探り――破壊しろ。と。


 高速で黒球百個が動き出す。

 速さは、さっきの『大きな黒球』の比ではない。

 次々と、街中に隠れている『スキルエッグ』を素早く破壊していく。


「かはっ……!」


 いくら愛梨のレクチャーにより、負担を減らす事が出来たとはいえ、王子の『血の薬』の影響で無理やり引き上げた力である事に違いはない。

 当然――副作用がある筈だ。

 先のような程ではないにせよ、それなりの頭痛や吐き気が襲っている筈。しかし……。



 虎辰は笑っていた。



 一種のドーピングとも呼べる――いわゆる、反則技で更なる高みへ登る事が出来た喜びが、身体を凌駕しているのだ。

 確かに今はまだ、この境地へと、通常状態の彼は到達出来ていない。

 しかしそれは、いずれ虎辰が――という、可能性を示唆している事に他ならない。


(オレはまだまだ強くなれる! 強くなれるんだ!! 強くなって! いつか――)


 百個の黒球が縦横無尽に街中を飛び回り、次から次へと、隠れた『スキルエッグ』を破壊していく。


愛梨この人と、あの最強ヒーローの娘である万屋人愛を倒し!! 『Sランカー』になる!! そしてオレは――――)




「最強のヒーローにっ! なるんだぁぁあぁあああーーっ!!」



 虎辰がこの叫びを発した、丁度その時。

 あちこちを飛び回っていた百の黒球の一つが……街中に隠されていた、最後の『スキルエッグ』を破壊したのだった。


 それを察知した虎辰は……。


「お……終わった、ぜ……」

「虎辰さん!!」


 緊張の糸が途切れたのか、まるで糸が切れた操り人形の如く意識を失った。

 そんな彼を受け止める王子。

 愛梨が「お、ナイスキャッチ」と笑った。


「…………」

「あれ? 王子ちゃん、何か怒ってる?」

「当たり前です。虎辰さんに、ここまで無理をさせて……怒らない筈がないです」

「あんな薬を楽々と創っちゃって、無理をさせたのは王子ちゃんの方じゃない?」

「虎辰さんに無理をさせていいのは、私だけなんです!」

「あははっ、そうなの? それは失礼いたしました。まぁまぁ、今はそんな事より、早く本部に『街中のスキルエッグを全て除去しました』って報告しないと」


 そう促すと、王子が思い出したかのように「あ、そういえばそうですね」と反応し。

 受けて止めていた虎辰から手を離し、ポケットの中のスマートフォンへと手をかけた。


 ゴツン……という鈍い音がした。

 無造作に倒れた虎辰の頭が、コンクリートの地面にぶつかった音である。


 この様子を目の当たりにして、苦笑いを浮かべた愛梨だった。


「虎辰さんに無理させて良いのは、『私だけ』……か。うん。だとしてもソレは酷くないかなぁ……?」


 そんな苦笑の声を耳にしても、我存ぜぬ。

 王子は本部へと、『任務報告』の旨を伝えており。

 伝え終えると通話を切った。


 愛梨が言う。


「後は人愛が【光線能力者】を倒すだけね。勝てるのかしら? あの子」

「それが一番心配要りませんよ」

「お、凄い信頼しているね。その心は?」

「……人愛は誰の娘さんなのですか?」

「私の娘であり。愛しの夫の娘」

「ね? 心配要りませんよ」

「なるほど」


 ここまでの会話を終えた所で、王子はしゃがみ込み。

 倒れている虎辰の頬を、悪戯心で摘んだ。

 むぎゅっと。


「あの、

「こらこら、私をで呼ばないで」

「失礼しました。教科書や資料では、そちらの名字で載ってる事が多いので、つい間違えてしまいました」

「嘘が上手いなぁー、王子ちゃんは」

「……次に機会があったらの話ですけど……。私にも、レクチャーしてくれますか?」

「もちろん!」


 満面の笑みで、愛梨は頷いた。

 王子が、虎辰の頬を人差し指で突きながら言う。


「それでは……その時は、よろしくお願いします」


 直後、王子のスマートフォンが音を立てた。

 本部からの着信。

 その内容はもちろん――『人愛が【光線能力者悪者】の無力化に成功した』という連絡だった。

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