【4】


 運ばれて来た『ギガメガウルトラスペシャルアイス十段盛りパフェDX』を見て、虎辰は絶句した。

 (そういう事か……)と理解した。


 四人用のテーブルが埋まってしまう程大きなパフェ。


「こ……これ、何人前なんだ?」

「何人前とか関係ありませんよ。食べ切りませんと、死ぬだけです」

「は? 死ぬとか、大袈裟な……」


 すると王子が、メニュー表を取りページを捲り、とある箇所を指さした。


 『ギガメガウルトラスペシャルアイス十段盛りパフェDX』制限時間内に全て食べ切れたら無料!!

 食べ切れなかったら、罰金15000円!!

 挑戦者求む!!


 と、書かれている。

 王子が問う。


「手持ち、幾らです?」

「ご……五千円」

「そうですか、私は三千五百二十七円です。足りませんね。ほら? 死ぬでしょ?」

「食い逃げ犯になるから、世間的に死ぬって事か?」

「そういう事ですね」

「お前! とんでもねぇもん頼んでくれやがったなぁ!! 普通のパフェで良かっただろうが!!」

「つべこべ言わずに食べる準備をしてください。始まりますよ」


 店員が、ニコニコ笑顔でストップウォッチを構える。


「制限時間は三十分でーっす。いきますよー? よーいスタート」


 その瞬間、王子がもの凄い勢いで『ギガメガウルトラスペシャルアイス十段盛りパフェDX』を口の中へかき込み始めた。

 唖然とする虎辰。


「ふぁにしへふんでふか?」

「へ?」

「ひぬひへはへへふははい」

「お……おう」


 虎辰もスプーンを持ち、食べ始める。


(食い逃げ犯に……なってたまるかぁ!!)


 しかし、十五分後……。


「も……もう……無理……」

「く……苦しい、です、ね……」


 まだ、四分の一しか食べれていない状態で、二人は既にギブアップ寸前だった。

 最早、配色濃厚。


「オレ……実は、甘いのあんまり得意じゃない、んだよ、なぁ……」

「わ、私も……なん、です……」

「はぁ!? じゃあ何でこんなの頼んだんだよ!?」

「…………人愛に、勝ちたかったんですよね?」

「万屋がコレと何の関係があんだよ!?」

「人愛はコレ……一人で食べ切ったんですよ」

「なん……だとっ!?」

「だから……私達も……と、思いまして……うぷっ」

「王子!? お前、大丈夫なのか?」

「だ……大丈夫です。わ、私が絶対に……虎辰さんを、食い逃げ犯になんて……させません、から……」

「王子……お前……」

「おえっ……」


 無理やりパフェを口に運ぼうとしている王子の手を、掴んで止めた。


「もうお前は良い、ここまで良く頑張った! 後はオレに任せろ!!」

「虎辰、さん……」


 虎辰が気合いを入れる為、自らの両頬を叩いた。

 バチィーン!! と、乾いた音が店内に鳴り響く。

 ヒリヒリと痛む両頬に背中を押されるように、彼はスプーンを構える。

 そして凄まじい勢いでパフェを口の中へと運んで行く。


(どんな勝負であろうと――――オレは絶対に……万屋あの女には負けねぇ!!)

「うおおおぉおおおおおぉぉおおおおぉおおおおおおぉおおおおおおおぉおおおぉおおおぉおおおおおおおぉーーっ!!」



 結果は……。


「終了ー!!」


 店員がニコニコ笑顔で、タイムアップを告げた。


 『ギガメガウルトラスペシャルアイス十段盛りパフェDX』はまだ、三分の一程残っていた。

 健闘したとは言えるものの、残酷な現実。

 人間……頑張っても、無理なものは無理なのだ。


 真っ青な顔色で机に伏せている虎辰。

 店員はそんな彼の姿を見ても、お構いなく告げる。


「一万五千円になりまーす」


 ニッコニコな笑顔で。

 虎辰には、そんな店員さんの笑顔が、まるで悪魔のように見えたそうだ。

 溜め息を吐き、王子は財布の中から一枚のカードを取り出した。


「学生証です。私達中学生なんです」


 店員がその学生証を確認すると、ちっと舌打ちをし、「中坊かよ」と毒づいた。

 この『ギガメガウルトラスペシャルアイス十段盛りパフェDX』チャレンジには、中学生以下なら失敗しても五千円という裏ルールがあったのだ。


 そんな訳で、食い逃げ犯にはならずに済んだ二人だった。


 会計を済ませ。

 横たわる虎辰を引き摺る形で、二人はレストランを後にした。


 近くの公園で、休憩を取る。


「残念でしたね」

「残念も糞もねぇわ!! あんなチャレンジ無理に決まってんだろぉがふざけんなぁ!! 小遣い全部失って泣きたい気分だっつーの!!」

「まさか虎辰さんの本気があの程度だったなんて……残念です」

「そこを残念がるなや!! お前の方が食わなかった癖によぉ!!」

「はぁ……」

「ん、だよ! その溜め息はよぉ!! ……あー、気分悪ぃ……吐きそうだ…………マジであれ、万屋の奴一人で食ったのか?」

「それはマジです。昨年の『東西団体模擬戦』の時、私と小桃こももさんと人愛の三人で挑戦したんですよ。私と小桃さんペアは惨敗でしたけど、人愛は一人で完勝でした」

「マジかよ……」

「マジです。本物の怪物ですよ……人愛は……」


 済んだ青空を見上げながら、そう呟いた。

 万屋人愛に負けた気分は、どうやら王子も同じだったようだ。


「…………王子、お前……」

「そう言えば、虎辰さん。吐きそうなんですよね?」

「ん? ああ……出来れば、出してくれたら助かる」

「了解しました」


 王子は、自らの左の人差し指の爪を使い、右前腕を傷付けた。

 血がポタポタと流れ始める。

 しかし、その血は地面に落ちる事はなく……空中で留まり、カプセルのような形を作り出した。色も白く変化している。

 その白いカプセル状の血液を手に取り、あーんするかのように、王子は虎辰の口の中へと放り込んだ。


 飲み込むと、瞬く間に彼を襲っていた吐き気が収まった。


「どうですか?」

「やっぱすげぇなぁ、お前の『血の薬』は。吐き気が一気になくなっちまったよ」

「まぁ、それが私の【能力】の一つなので」

「人の役に立てるって面から見ると、お前は万屋に圧勝してるよ」

「え?」

「あいつの力は、少なくとも、こんな風に苦しんでる人を助ける事は出来ない。けど、お前の血なら――それが出来る。良かったな、大食いでは負けたのかとしれねぇけど、一つ勝てたじゃねぇか」

「…………」


 クスッと、王子は笑った。


「あん? 何がおかしいんだよ?」

「いえ、別に……ただ、やっぱり虎辰さんは良い人だな、と、思いまして」

「……っ! うるせぇよ……」

「うふふっ」


 照れ隠しの如く、虎辰は話を変えようとする。


「と、とにかく! この後どうす――」


 どうする? そう言おうとした、その時だった。

 凄まじい轟音が鳴り響いた。

 まるで爆弾でも爆発したような轟音が。

 その音の衝撃で、ビリビリと地響きが起こる。


 何事だと、周囲を見渡すと、少し遠くの街並みから煙が上がっていた。

 その瞬間、虎辰と王子、両者のスマートフォンが音を立てた。

 着信である。


 『日本超能力研究室』からの。


 即座に通話ボタンを押す、虎辰と王子。


 要件は両者とも同じ内容だった。


『‪任務だ。‪✕‬‪‪✕‪‪✕‬‬区で、超能力らしき力を持った男が暴れている。恐らく――『』だ。学校を早退し、今すぐURLに示された現場へと向かえ。学校にはこちらから連絡しておく』


 虎辰と王子は返答する。


「「了解しました」」

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